「船」のデジタライゼーション
自律運航船の実現に向けた技術開発への挑戦
2018年8月29日
■ベテラン船長の “肌感覚” を定量化
日本郵船は自律運航船に関するさまざまな研究開発プロジェクトに取り組んでいる。ただし、船員の負担軽減と安全・効率運航を極める取り組みの延長線上にあるものが自律運航船という考えで、船の無人化を目指しているわけではない。現状業務の改善に資する技術開発を推し進める中で、結果的に自律運航船と呼ばれるものが実現し得る、という位置付けだ。
その中の主要なプロジェクトの一つが、郵船、MTI、日本海洋科学が東京計器、日本無線、古野電気と共に取り組む「船舶の衝突リスク判断と自律操船に関する研究」。船舶の衝突事故を減らすために輻輳(ふくそう)海域で操船者を支援する技術を開発する取り組みで、2019年度の実船試験を目指している。この研究開発は、国土交通省の「先進船舶・造船技術研究開発費補助事業(先進造船技術研究開発)」の支援対象事業として採択されている。
操船の際には、本船や周囲の状況把握(認知)、衝突リスクの判断(予測・判断)、実際の操作—を繰り返す。自律運航船に関する研究開発ではこれらの各段階にアプローチし、認知段階でAR(拡張現実)技術を活用した航海支援ツール、操作段階で陸上から運航を支援する自律操船技術(遠隔操船)の確立を目指している。
これまでは操船者がそれぞれの経験を基に衝突リスクを予測・判断していたため、リスクに対する感覚に個人差があった。操船者の判断をサポートするため、経験豊富な船長などのリスク判断の”肌感覚”を定量化し、これに基づいてリスク段階に応じたアラートを出すことで、操船者に気付きを与え、操船の判断を支援するシステムを開発している。
郵船は17年12月に日本海洋科学で、国土交通省と日本海事協会、共同研究者の東京計器、日本無線、古野電気の同席のもと、同研究の一部を紹介。大型操船シミュレーターを用いて、操船経験を積んだ船長がどのように他船の接近を予測し、衝突回避の判断を行うかをデータ化するプロセスを公開した。
■避航操船とAI
自動運航技術に関する研究の中には、衝突危険を察知し末然に回避する避航操船に関するものもある。その要素技術の一つが
人工知能(AI)による自動操船技術で、郵船グループは現在、神戸大学、米国の南カリフォルニア大学それぞれと共同研究を行っている。
MTI、日本海洋科学が神戸大と取り組む「Alをコア技術とする内航船の操船支援システムの開発」は、国土交通省の交通運輸技術開発推進制度における18年度の新規研究課題に選ばれた。この研究は、既に開発済のAlの基本技術(ディープラーニングを応用した輻輳(ふくそう)海域での自動衝突回避技術)を活用することで実船での実証実験を目指し、人的ミスを補い操船者を支援するシステムの開発を行っている。自動衝突回避を実現するには、危険認知の支援だけでなく危険判断や避難行動も同時に検討する必要があると考えるためだ。また、同時に船員の労働環境の改善も図る。
南カリフォルニア大との共同研究は16年に始まり、18年が最終年度になる。同研究では、コンピュータプログラムが他船の状況を分析し、衝突の危険がある場合には回避行動をとるAlの基盤プログラムを開発。郵船は船舶の操縦性や船長の知見に基づいた操船シナリオを提供する。シミュレーションを通してAlのプログラムが トライアンドエラ一を繰り返すことで、プログラムの衝突回避技能が上達していくAlのフレームワークを開発している。
MTIの安藤英幸船舶技術部門長は航行安全分野でのAlの可能性について、「現在のAlは人間の特定の作業を効率的に肩代わりするもので、かつて盛んに開発が行われたエキスパートシステムをより高度化して学習機能を持たせて展開できるのが強み。人間では経験できない程の圧倒的な量の経験を積んで、学習を繰り返すことで、戦略性も含めたベテランの勘どころのようなファクターも拾える可能性がある」と指摘し、「事故の原因のかなりの部分が人的ミスの一言で済まされている中、他の作業への集中、疲労やストレスなどに左右されず、コンスタントに圧倒的な量の情報処理をこなせるコンピュータが目となって人間をアシストすることで、人間のワークロードを軽減し、事故を減らせるというのがAlの研究開発の大きなモチベーションだ」と述べた。技術開発の速度については「われわれが研究を始めた時に思っていたよりも早く、内航船などにこういった技術を導入するフェーズが来るのではないかと思っている」と語った。
船舶の性能を正確に把握
船舶の実海域での性能を計る重要なデータの一つが「対水船速」だ。 船首部の船底に船速計を設置して計測する。
従来型のドップラ一型対水船速計は、水中に超音波を送信し、水中のプランクトンなどに当たって反射した音波を収録して、その周波数から対水船速を導きだす。船が動いているときに生じるドップラ一効果から、周波数の変化を見て測る
仕組みだ。ただ、船底に海水が引きずられる境界層や、水深によって不均ーな海流の影響も計測データに入ってしまうため、精緻な対水船速を計測することが難しかった。そこで郵船、MTlと古野電気は13年から新たな計測手法を導入した
「多層型対水船速計」の開発に着手した。多層型対水船速計は、海洋を深度方向に複数の層に分けて対水船速を計測する。計測した層の中から海流などの影響を受けていると見て取れるデータを除去することで、より精緻なデータを得られる。これは郵船と古野電気の特許技術を活用したものだ。従来型の船速計のソフトウェアを変更することで導入可能で、現在、郵船の自動車船、タンカー、コンテナ船の計5隻に搭載して動作検証を実施している。
「対水船速は船舶の性能解析を行う時の基本データの一つ。多層型の計測で、船が本来持っている性能を精緻に測ることができ、改良の効果をより正確に評価できるようになる」(米澤挙志・MTI船舶技術グループ船舶イノベーションチーム長)。海流などによって生じる誤差を極小化し、実際に近い対水船速を測れば、より精度の高い性能解析が可能になる。
「当社だけでは発想できなかったものだし、実搭載して実験することもできなかっただろう。古野電気は、もともと漁船向けの機器を顧客に密着しながら作り上げていた。商船にはこのような手法を導入することが難しかったが、今回もともとのやり方に立ち返ることができた」(虫明昌彦・古野電気舶用機器事業部開発部音響機器開発課主幹技師兼グループ長)。
この計測技術を応用し、郵船とMTIはジャパンマリンユナイテッド(JMU)とともに、 燃費効率を1.2%改善するプロペラを共同開発することに成功した。
船舶のプロペラはコンピュータ上の計算や模型を利用した水槽試験などのシミュレーションを基に設計されるが、実際の航海中のプロペラ周辺の水流は非常に複雑なため、シミュレーションでは確認しきれなかった。そこで、プロペラの実際の作動状況を把握し、それを踏まえて、さらに高効率のプロペラを開発するプロジェクトに多層計測技術を応用した。
1万4000TEU型コンテナ船の船底のプロペラ付近の外板に、多層型対水船速計と内視鏡で小型化したキャビテーション観測装置を設置し、スエズ/欧州を航行中に1週間、船尾の水の流れの計測やプロペラのキャビテーションを観測した。そのデータをプロペラの改良につなけた格好だ。
今後は、この技術を燃費解析の精度向上や新船型開発などに活用することを視野に入れる。
CONTENTS
TOP INTERVIEW ー 新たな価値の創造に挑戦<日本郵船 内藤忠顕社長インタビュー>
SPECIAL INTERVIEW ー 省エネ・CO2排出削減が再び議論の中心に<当社代表取締役社長 田中康夫、当社船舶技術部門長 安藤英幸インタビュー>