MTIジャーナル

MTI Journal.28

代替燃料船の社会実装に向けた
安全性評価手法の開発

栁本 史教


SI&コンサルティンググループ 主任研究員

2026年6月9日掲載

※職名は2026年3月31日時点

はじめに

2025年4月より日本海事協会から出向し、システム設計開発チームに所属しています。MTIでは脱炭素や輸送効率向上に関する業務が多く、出向元で培った船舶工学における専門性を活かして各種業務に従事しています。

海運業界における燃料転換

船舶はこれまで、重油を主な燃料として運航されていましたが、温室効果ガス(GHG)排出削減に向け、2050年GHG排出ネットゼロ実現に向けた動きが本格化しています。船舶運航の効率を向上し、燃料消費量を減らすことは有力なソリューションの一つですが、一方でGHG排出量が少ないLNGやメタノール、そしてGHGを燃焼時に排出しない水素やアンモニアを燃料とした船舶が次世代船舶として注目されています。
水素やアンモニアはこれまで陸上で限定的な利用はされていましたが、一般商船の燃料として扱われた例はありませんでした。一方で、水素やアンモニアは毒性や可燃性を有し、火災・爆発など人体に有害な事象を引き起こしうるため、適切に安全性を評価する必要があります。

リスク評価

安全性を評価する手法として、リスク評価が一般的に実施されます。リスク評価は一般的に図1のフローで実施されます。代替燃料船のようなプラントシステムを有している場合、たとえばHAZID(Hazard Identification Study)やHAZOP(Hazard and Operability Study)と呼ばれる、ブレインストーミング形式で潜在的な危険性(ハザード)を洗い出す手法が適用されることが多いです。
HAZIDやHAZOPはリスク評価の手法としては一般的なものであり、ハザードを洗い出し、適切な対策を取ることを目的に行うためには向いています。しかし、あるシステムがどの程度の危険性を含んでいるか、また従来のシステムに比べてリスクが高いのか、低いのかを評価するためにはより定量的な手法を用いることが望ましいと考えられます。また、HAZID・HAZOPでは特定のハザードの発生頻度や影響度の評価が、リスク評価会議と呼ばれるブレインストーミングの参加者に依存しやすく、属人性が一定程度存在する点が課題であるといえます。またリスク評価会議には様々ステークホルダーや専門家を招く必要があり、金銭的・時間的なコストも大きくなってしまいます。
以上の背景を踏まえ、私はMTIで二つの研究に取り組んでいます。一つは定量的リスク評価手法(QRA)の代替燃料船システムへの適用、もう一つは大規模言語モデル(LLM)を用いたハザード抽出です。

図1 リスク評価フロー

QRAの代替燃料船システムへの適用

今回はアンモニア燃料船のバンカーステーションを対象にQRAを実施しています。QRAと一言にいっても様々なアプローチがありますが、可能な限り客観的なデータに依拠するアプローチを採用するべく、日本で自動車向け水素ステーションに適用された手法*1を採用しました。図1に示す通り、リスク評価では、生じうるハザードシナリオの発生頻度の評価と、そのシナリオによって生じる影響度の評価を行います。ここでいう影響度は、例えば死者数を指します。
発生頻度の評価は、表1に示すような、システムを構成するパーツの種類と、漏洩規模ごとに統計的に発生頻度を求めたデータを用いて評価します。この表は、日本海事協会が示したアンモニア燃料船におけるアンモニア漏洩頻度結果*2を抜粋したものですが、アンモニア燃料船以外にも、例えば水素関連設備やLNG関連設備についても、統計的に求められたデータが提供されています。ここでは、例えばフランジが100個あるときの漏洩頻度を考えます。FLA ratio(漏洩孔サイズの配管口径への割合)が1%である漏洩シナリオの発生頻度は、1年あたり9.3×10^(-5)回になります。このように、リスク評価の対象とするシステムを構成する機器の数をすべてカウントすることで、各漏洩規模のシナリオが生じる頻度がわかります。
一方で、アンモニア漏洩の影響度評価を行うにあたっては、どの程度のアンモニアの濃度が、どのように広がっているか、またそのアンモニア濃度がどの程度の致死率を持つか評価することが必要です。アンモニア濃度の推定には、CFD(Computational Fluid Dynamics)や、プルームモデルと呼ばれる手法により、漏洩源からのアンモニア拡散挙動を計算します。計算された濃度と、Probit関数と呼ばれる、暴露量と致死率を紐づける関数により、影響度を計算します。
以上の頻度、影響度結果を組み合わせることで、最終的なリスクを算出します。QRAフロー自体はシンプルではあるものの、頻度評価のデータ選定や、影響度評価においてどのように漏洩代表点を取るかなど、様々な仮定をどのようにおいていくかが重要になります。リスク評価はステークホルダーの合意形成にも用いられることから、説明可能性が高い仮定を置くことがキーになります。MTIでは、陸上分野におけるQRA手法を参考にして研究を進めていますが、船舶分野においてこの方法をどのように使っていくか、また船舶分野にそもそも適用できるのか、といった点が課題になります。

表1 アンモニア燃料船におけるアンモニア漏洩頻度(抜粋)
Component Rank FLA ratio [%] Frequency [1/y]
Flanges Very Small 0.01 5.40E-05
Flanges Minor 0.1 2.50E-05
Flanges Medium 1 9.30E-06
Flanges Major 10 6.10E-06
Flanges Rupture 100 3.20E-06
Hose Very Small 0.01 5.70E-05
Hose Minor 0.1 3.40E-05
Hose Medium 1 2.20E-05
Hose Major 10 1.80E-05
Hose Rupture 100 1.80E-05

LLMを用いたハザード抽出

HAZIDやHAZOPを行うにあたっては、ステークホルダーや専門家が集まり、リスク評価会議を行うことが一般的です。リスク評価会議を行うには準備を含めて多くの時間、労力がかかるほか、抽出されるハザードやその頻度・影響度には属人性が一定程度生じます。リスク評価会議を行うことで、関係者間でリスクに対する認識を共有することができるため、リスク評価会議を実施しないことはデメリットも多いですが、一方でできる限り労力を減らすことで、設計プロセスの効率化を図ることができると考えられます。そこでMTIでは、今治造船、ジャパンマリンユナイテッド、日本海事協会と共同で大阪大学に設置した「先進海事システムデザイン共同研究講座」(通称:OCEANS)と協力して、LLMを用いたハザード抽出の研究を行っています。
この研究では、水素燃料電池船の燃料供給装置のP&ID(Piping and Instrumentation Diagram)をChatGPTに画像で与え、ハザードを抽出するようプロンプトで指示しました。水素供給ラインに対してChatGPTが抽出したハザード、原因、影響を表2に示します。舶用システムであるという情報は与えていないことから、地震が原因として挙げられているほか、CV(制御弁)の番号が異なるなど誤りも含まれていますが、ハザードの網羅性という観点では、致命的な不足、誤りは見受けられませんでした。一方で、画像でP&IDを与えていることから、LLMの画像読み取りの限界から、水素などの流れにおける各コンポーネントのつながり方に依存するハザードついては適切に評価できていませんでした。
現在の研究ではまだまだ試験的にLLMをリスク評価に適用したという程度にすぎませんが、今後代替燃料船の本格的普及・一般化に進んでいく中で、少しでも設計プロセスの負担を減らすことができないか、検討を進めていきます。

表2 水素供給ラインのハザード
No. リスク(危険) 想定される原因 影響
1 水素漏洩(蒸発ガス含む) 配管/継手からの漏れ、ガスケット劣化、ベント作動 爆発、火災、作業員被ばく
2 配管破断 過圧、地震、外的衝撃、材料劣化(脆化) 急激な水素放出→爆発、酸欠
3 液体水素の漏洩(極低温) タンクまたはラインのクラック 凍傷、脆性破壊、爆発(気化後)
4 PBUの加熱異常(過加圧) CV-03制御失敗、TIC-104誤動作 過圧破損、漏洩→爆発
5 Vaporizerの不完全気化 熱交換器能力不足、氷結、流量変動 液のままPEMFCへ→燃料電池損傷
6 PEMFCへの過剰供給(圧力・流量) CV-05制御失敗、センサ異常 燃料電池内部破損、出力異常
7 バルブ誤操作(手動弁、遮断弁) オペレーターエラー、標識ミス 系統全体異常、過流量、漏洩
8 センサ異常(温度/圧力) キャリブレーション不足、断線 誤制御、異常検知できず
9 PSV作動によるベント 正常動作(保護機能) 水素の大気放出→拡散失敗で爆発危険
10 水素逆流(PEMFC側から) 圧力差逆転、逆止弁不良 水素混合爆発

おわりに

船舶は設計者、運航者のみならず、多くのステークホルダーが関与して運用されることから、新技術の安全性を説明する技術としてリスク評価技術は今後ますます重要になります。また、リスク評価を効率的かつ合理的に行う技術や、リスクに対して過不足ない対応を行う技術は、競争力向上にもつながります。MTIは今後も、リスク評価技術の向上を通じて、日本郵船グループおよび海事産業の脱炭素化実現に向けて貢献していきます。

 

引用文献
  1. Suzuki et al., Quantitative risk assessment of a hydrogen refueling station by using a dynamic physical model based on multi-physics system-level modeling, International Journal of Hydrogen Energy, Vol. 46, pp.38923-38933, 2021
  2. 日本海事協会、代替燃料船ガイドラインC部 アンモニアを燃料として使用する船舶の安全に関するガイドライン(第0.2版),2024