MTIジャーナル

MTI Journal.25

自動運航船の実用化を目指した
評価環境の構築

鹿志村 亮介


船舶物流技術グループ 上級研究員

2024年3月28日掲載

※職名は2024年3月28日時点

舶用機器メーカーから2022年2月にMTIへ出向し、自動運航システムに関わる業務に携わっています。自動運航システムおよびシステム搭載船の早期実用化を目標に、技術の高度化とルール適応に挑戦しています。出向元では既存ルールに基づいた設計に携わってきましたが、将来発効されるルールに適応したシステム検討は初めての試みです。純粋な設計・開発業務とは異なり、日々学びのある難題ですが、課題解決できるエンジニアを目指し、楽しく取り組んでいます。

自動運航船に関する業界動向

自動運航船の技術は世界各国で実証試験が行われ段階的な実証・機能導入が進んでいます。これまで自動運航システムは状況認識の自動化から始まり、自動操船、自動離着桟まで、自律的に実行する技術が大きく進化してきました。ルール面ではIMOの海上安全委員会がMASS*1ワーキンググループを立ち上げ、自動運航船の研究開発の事例から課題や要件の抽出や協議を始めており、世界各国の船級はそれぞれのガイドラインを発行するなど、社会導入に向けた活動が盛んにおこなわれています。しかし、現状では具体的な試験評価や認証基準に関してまだ不明確な部分があります。RADARやAISといったルールが明確で実用までのプロセスが確立された航海機器とは異なり、試験要件や試験ツールもいまだ存在しない状況です。

そこでMTIは自動運航システムの早期実船投入およびその安全品質向上を目的として、自動運航システムの機能や性能を検証するためのシミュレーション評価環境の構築に取り組みました。

自動運航システムの評価環境の要件定義

自動運航システムは、これまで船長、航海士が行っていた環境認知や避航行動計画、操舵などの操船業務を機械が機能単位で代替するシステムです。一般的に人間の高度な活動を機械化するとシステム全体が大規模かつ複雑になり、目的の振る舞いを実現するために何度も検証が必要になる特徴があります。このため自動運航システムのシステム仕様や特性は、Vプロセスと呼ばれる開発手段により検討され、上位コンセプトから段階的な要求分析と妥当性検証を反復しながら開発を進めていきます。

ここで検証の反復を効率的に実施するには、各開発・検証工程の実装形態によらず、機能を適切に評価・検証できることが求められます。さらに単純なシステムと比較してサブシステムの組み合わせによるアクシデントが発生しやすいことが報告されているため、単一機器を個別に評価することだけではなく、システム全体に組み込まれたサブシステムとして適切に機能しているかも検証することが重要です。

Vプロセス

このため評価環境は、
・自律運航システムの実行機能の一部として評価対象の振る舞いを確認できること
・膨大なリスクシナリオを検証ができること
・評価対象システムを柔軟に入れ替えできること
・評価対象の実装形式によらずにテストが実行できること
といった要件を満たす必要があります。

右図は評価環境の要件を基に設計したHIL/SIL/MILシミュレーション*2ができる評価環境です。
本評価環境は航海士の認知・判断・計画・実行という一連タスクをシミュレーション上で機能コンポーネントとして置き換えた構成で、自動運航システム全体の機能・性能評価をシミュレーションで実現することを目指しました。

シミュレーション評価環境

シミュレーションシステムの検討

MTIはMEGURI2040をはじめとする無人運航プロジェクトにて開発と実証に取り組んできました。自動運航システムに関しては従来研究で培ってきた知見はあったものの、ハードウェア、ソフトウェア、FMU*3化された機能も同一の環境で接続し動作する環境は初めての試みで、IF周りで多くの課題がありました。特にシミュレーションシステムではControllerでは舵角制御を担うAuto Pilotと船速制御を担うSpeed Pilotをそれぞれソフトウェア、FMUにより実装しましたが、実装形態が異なることで、その機能を動かくす実行環境が図のように一つの線で結ばれた単純な構成になりませんでした。結果的にIF間の調整にはその違いを吸収するコンバーターや試験用スクリプトを用いて実行環境を構築することができました。本取り組みのシミュレーションシステムとしては、次のような構成となりました。

コンポーネント 実 装
Sensor ・シミュレーター(ソフト)
Integrator ・Action Planning Unit(実機)
Planner ・Action Planning Unit(実機)
・避航アルゴリズム(ソフト)
Controller ・Auto Pilot(ソフト)
・Speed Pilot(FMU)
自船運動シミュレーター ・Cyber Sea(ソフト)

行動計画策定機能の評価基準の検討

本取り組みでは、自動運航システムのコア機能であり、他の機能に対して評価方法が十分に検討されていない「行動計画策定機能」を評価することとしました。

ここで適切な検証・評価のためには、評価基準と適切な入力情報が必要です。今回は航行の安全性を検証することに焦点を置き、評価基準を「最低限必要な安全余裕をもって他船ほか障害物を航過できること」と定めました。また、安全に関連する特性を3つの軸で定義し、行動計画策定機能のシミュレーション結果から(1)自然環境に対して対応できること、(2)自船操縦性能を考慮して計画できること、(3)障害物を対応できることを網羅的に明らかにすることで、安全性を証明することとしました。

具体的には、シミュレーション開始から終了までの間に、外力を考慮してユーザーが定めた運用範囲内以下の条件を満たせるかを合否で判定できるようにしました。

1. 可航行域内で航行ができること
2. 計画航路のXTD内で航行できること
3. 障害物への衝突前に計画不能アラートを通知できること

ここで評価結果は基準値を満たしてれば合格、満たしていなければ不合格とはなりますが、より詳細な性能を確認できるようにスコア指標を加え、経済的な影響をはかる航行時間や体験したシナリオの難しさを示す閉塞度も評価結果として確認できるようにしました。

行動計画策定機能の安全評価軸

行動計画策定機能のテストシナリオの検討

テストシナリオを検討するため、まず評価基準をどのようにシミュレーションシナリオに反映するか、またシナリオにどのような要素を再現するかを決める必要がありました。そこでシミュレーションの入力となるテストシナリオの検討の前段として、上述で示す評価軸をベースに自動車の自動運転システムのテストシナリオの6レイヤーモデルを参考にし、船舶におけるシナリオレイヤーを表のように整理しました。ここで、Layer0は自動車と船舶では波・風・潮流のような自然環境が自身の運動に与える影響が大きいと考え、シナリオ条件を再整理しました。

シミュレーションテストシナリオのレイヤー(自動車*4と船舶の対比)

整理した船舶におけるシナリオ条件と評価軸を基に、各テストを目的別に分類し4つのテストシナリオを定義しました。機能評価ではこれらのテストシナリオを段階的に実施することにしました。

Phase 目 的 備 考
1 運動性能を考慮した航路提案ができるかを確認する 外力あり、静止した他船あり
2 シンプルな衝突パターンを回避する避航提案ができるかを確認する 外力あり、今津問題*5相当の他船配置あり
3 複雑な環境(他船配置)において衝突を回避する避航提案ができるかを確認する 外力あり、複雑な他船配置あり
4 実海域を模した環境において衝突を回避する避航提案ができるかを確認する 複雑な他船配置あり

シミュレーション評価環境を用いた行動計画策定機能の評価

本取り組みで構築した評価環境で、企業/大学が作成したアルゴリズムの異なるいくつかの行動計画策定機能を評価しました。評価は以下のテスト手順で実施し、シナリオ生成から評価結果取得までの検証を実施しました。

1. シナリオ生成/評価システムへ、計画策定機能の初期値を入力、テストシナリオを作成
2. シミュレーションシステムへ、テストシナリオを入力、シミュレーション結果(本船航跡等)を取得
3. シナリオ生成/評価システムへ、シミュレーション結果を入力、評価基準との適合性を確認(合否判定)

図のように特定のテストシナリオに対して評価基準に適合しているか、合否判定およびスコア指標などの詳細情報を確認することができました。

評価手順

今後の展望

自動運航システムの評価環境について紹介しました。環境構築の取り組みの中で、メーカー・認証機関・ユーザーなど異なる立場の方々にご協力いただき、建設的な議論を重ねることで、シナリオ入力、シミュレーション、結果の評価を実行できる環境を形作ることができました。評価環境はまだプロトタイプで実用には課題も多く残されていますが、舶用業界における自動運航システムの評価検証ツール検討の一助になればと願っています。自律運航船の実用化は多くの方々と協議・合意形成を積み重ねていく活動と考えています。法整備、教育要件、国際ルール等課題はたくさん残されている取り組みですが、皆さんの支援を得ながら業界に価値の提供ができるように取り組んでいきます。

謝辞

本研究は国土交通省の令和3年度から令和5年度の事業である「海事産業集約連携促進技術開発支援事業」の支援を受けて行われました。本研究にご協力いただきました古野電気株式会社、東京計器株式会社、株式会社日本海洋科学、ギリア株式会社、大阪公立大学の皆様にお礼申し上げます。

 

*1 Maritime Autonomous Surface Ships:自動運航船

*2 Hardware-In-the-Loop/Software-In-the-Loop/Model-In-the-Loop:実機やソフトウェア、シミュレーションモデルを連動させた検証

*3 Functional Mock-up Unit:物理動作やコントローラ動作を抽象化したシミュレーションモデル

*4 自動車におけるシナリオレイヤーはPEGASUS RESEARCH PROJECT:PEGASUS METHOD An Overview(https://www.pegasusprojekt.de/files/tmpl/Pegasus-Abschlussveranstaltung/PEGASUS-Gesamtmethode.pdf)

*5 今津問題:東京海洋大学名誉教授の今津隼馬先生が提案した自他船の見合い関係を表現したシナリオセット。数多くのアルゴリズム評価に用いられる。