MTIジャーナル
MTI Journal.06
船舶機関プラントにおける
オープンイノベーションへの期待
橋元 彩子
船舶技術グループ 主任研究員
※職名は掲載当時
2015年4月からMTIに出向し、船舶に搭載されている機関プラントにおける状態診断や余寿命診断ができるような新しい技術の開発に取り組んでいます。
2005年に日本郵船の技術系社員として入社し、新造船・就航船に関する技術部門を経験後、2回の育児休暇を取得。MTIへの出向は現在2回目ですが、初めてMTIに出向したときは、船舶の燃料消費量を削減し、船舶から排出されるCO2を削減できるような省エネ技術・環境対策技術の開発バブル時代でした。2回目の出向となる今は、そういった省エネ技術を活用しつつ、船舶の安全性・信頼性を高めるために、船舶の主要な要素である機関プラントの機器の状態を診断し、“現在”が正常か異常かを判断しつつ、“将来”もいつまで健全でいられるのか、を予測できるような余寿命診断の開発に楽しく取り組んでいます。
オープンイノベーションの重要性
船舶の機関室は、多種多様な機器に埋め尽くされています。船舶を推進させるための機器や、乗組員さんが生活するために必要な蒸気や電気を作る機器、お客様の大切な貨物を運搬・荷役するための機器など。私は、こういった機器の運転データを取得し、解析した結果、状態を診断し、余寿命を予測するシステムやツールの開発に取り組んでいるのですが、MTI単独ではひとつの研究を完遂させることは非常に難しいというのが現状です。というのも、そもそも機器の運転データを取得するためのセンサの専門性や、そのデータを通信で送り、船陸間で共有するための情報通信の専門性、機器の状態を診断したり、余寿命を予測したりするためには、機器本体の設計の専門性など、様々な専門性を融合させる必要があるからです。

研究開発成果の記者発表時(中央が本人)
オープンイノベーションの例
オープンイノベーションの一例として、私が2016年から取り組んできたプロジェクトがあります。「ビッグデータを活用した船舶機関プラントにおける安全性・経済性向上手法の開発」として、日本郵船、MTI、ジャパンマリンユナイテッド株式会社、株式会社DU、寺崎電気産業株式会社、株式会社サンフレム、三菱化工機株式会社と共に、以下の6つのテーマの研究開発をおこなうものです。
① 画像を含むビッグデータによる主機シリンダ内状態診断手法の開発
② 補助ボイラ空焚き予兆診断システムの開発
③ ブラックアウト予兆診断システムの開発
④ 減速運転下でのプラント最適運用手法の開発
⑤ データロガーでの高度アラームシステムの開発
⑥ 油清浄機の総合運転監視システムの開発
船社、造船所、主機・配電盤・ボイラバーナ・清浄機の舶用機器メーカとのオープンイノベーションで、作業は各テーマにて独立しておこないますが、年に数回は情報交換してお互いの成果を共有しながら、機関プラントにおけるハイリスク事故※の4割削減という共通の目標に向っている研究です。 本研究は、国土交通省の「先進船舶・造船技術研究開発支援事業(先進船舶技術研究開発)」の支援対象事業及び一般財団法人の日本海事協会の研究テーマとして採択され、実施しています。
ユーザーニーズとは
オープンイノベーションの重要性を先にご説明しましたが、オープンイノベーションを実施する上で、共同研究パートナーがMTIに期待していることの一つ、それは、ユーザーニーズを提供することだと私は思っています。ユーザーニーズにマッチした研究開発は成功する可能性が高く、共同研究パートナーにとっても「売れる」商品やソリューションの開発に繋がる可能性が高くなります。
共同研究パートナー間でwin-winの関係を築きながらオープンイノベーションを進めるために、ユーザーニーズは非常に重要な要素の一つです。MTIは日本郵船ビルの7Fにあり、全ての研究は日本郵船と共同でおこなっています。MTIには日本郵船の船長・機関長・航海士・機関士も出向してきており、船舶という現場に訪船する機会も得やすいことから、MTIにユーザーニーズの提供をパートナーが期待することは、至極当然のことです。ですが、実は、ユーザーが研究に繋がるニーズを常に持っているかというと、そうとは限らず、また、研究を成功に繋げる“真のユーザーニーズ”は、簡単に手に入るものではありません。本質を深堀し、そのニーズを満たす開発を行うことが本当にユーザー、メーカのメリットに繋がるのか否かをしっかりと検証しなくてはなりません。このように、“真のユーザーニーズ”を掘り出すこともMTIの重要な業務の一つなのです。
オープンイノベーション実現に必要な姿勢
オープンイノベーションこそ、日本郵船、MTIが常に目指すものであり、今後も、引き続き、様々な方々とのコラボレーションを推進したいです。そのためには、何よりも、オープンイノベーションを提案するパートナーに対して、常に誠実かつ正直に接すること、そして、何よりも、オープンイノベーションの成果が、日本郵船、MTIだけではなく、パートナー全体の利益に繋がることを伝え、その思いを共有してもらう努力が必要です。私は常々、「なぜこのオープンイノベーションが必要なのか」を、“自分の言葉”で相手に伝えたい、と思っています。自らが納得し、自らが熱意を持って語れないことは、相手に響くわけがありません。日々の業務に忙殺され、その点を忘れがちになってしまうことも正直ありますが、こういった姿勢をこれからも持ち続けたいです。
*ハイリスク事故:
運航遅延時間が結果的に発生しなかった場合でも、事故発生海域や気象条件によって費用的・社会的ダメージが大きい重大事故につながる可能性があるもの。