MTIジャーナル

MTI Journal.05

自動運航船を通じた
海運業界の未来への考察

中島 拓也


船舶技術グループ 上級研究員

2018年6月13日掲載

※職名は掲載当時

 

2017年6月からMTIに出向し、自動運航船に関わる業務に携わっています。海事業界全体が注目するこの新たな概念に、技術と制度の両面からアプローチしています。業界や船舶に関する知見も乏しく日々勉強の連続なのですが、第三者的な視点を持つ立場にいると前向き捉えて、楽しく取り組んでいます。

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自動運航船=無人船?

突然ですが、「自動運航船」と聞いて、どのようなものをイメージするでしょうか。 自動車の自動運転と比べると、少し状況は複雑です。自動化する対象としては当然「人が実施する業務」になるわけですが、大型船になると20人以上の船員が乗船しており、それぞれ独自の役割を担っています。航海計画立案、避航、離着桟、機器メンテナンス、貨物管理、非常時対応など様々な業務が存在し、どれを自動化するかによって前提が大きく異なります。加えて、船の種類(タンカー、コンテナ船といった商船のほか、調査船、漁船、巡視船など)、自動化を行う海域・環境、人の関与度合などによって、様々な運航形態が考えられます。

また、自動運航船は無人船である、というイメージを持つ方も多いと思われますが、それも部分解でしかありません。例えば、ノルウェーの化学肥料会社Yara社が開発する遠隔・自律内航船は、電気推進であるため機関の定常的なメンテナンスを省くことができ、非常時も沿岸からのサポートを前提としているため、無人運航を謳っています。一方、外航船に関しては、長距離の電気推進は難しいほか、経済的リターンに対し技術面・規制面の壁も高いため、無人船の実現は遥か遠い将来と考えられます。 このように、自動運航船は、「AI」や「ビッグデータ」といったバズワード同様、実態が固まらないまま言葉が先に歩いているような印象もあります。

MTIとしての自動運航船への向き合い方

MTIは、あくまで、安全運航、船員の負担軽減および効率的な運航を極める取り組みの延長線上にあるものと考え、自動運航船に関連する研究開発に取り組んでいます。つまり、無人化や船員を減らすことそのものが目的ではなく、現状業務の改善に資する技術開発を推し進める中で、結果的に自動運航船と呼ばれるものが実現しうる、という位置づけで捉えています。

あわせて、船外からシステムを遠隔監視・ソフトウェアをアップデートする際の仕組み、サイバーセキュリティ対策など、技術の発展に伴い生ずる新たなテーマについても取り組んでいます。これは日本が目指すコンセプトであるConnected Industries*1が抱える課題について、自動運航船を介して率先して取り組んでいるという見方もできます。

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自動操船プログラムの開発

関連する研究開発の一例を挙げると、国内外の大学とともに、人工知能を用いた自動操船プログラムの開発に取り組んでいます。プログラムを実際に航海に用いてもらうためには、単に他船を避けるだけでなく、COLREG条約*2を含むルールや海象・気象の状況、操縦性能、燃費など様々な要素を考慮し、最適な航路を提案する必要があります。航海士の方は長年の経験から各要素を総合的に判断して操船しており、その暗黙知をいかに形式知化するか、という観点も必要です。

欧州の大手メーカをはじめ、世界各国で自動操船プログラムの開発も進んでいることを踏まえると、開発側というよりもユーザー側に立って、多様なアルゴリズムの安全性・信頼性をどう担保するか、ということも検討する必要があります。

そもそも、実航海への導入を想定すると、人工知能による操船判断の前に、いかに信頼できる入力データを揃えられるかが前提となってきます。AIS、レーダーにカメラなどの情報を加え、人による「見張り」をどのように機械が担保するか、ということに実は大きなハードルがあります。このように、現場での導入を見据えた現実的な研究開発ができるのはありがたい環境だと感じています。

MSC99への参加

技術を実現する上で前提となる法制度の動向もフォローしており、2018年5月16~25日のIMO第99回海上安全委員会(MSC99)に、日本代表団の一員として参加しました。本会議より、自動運航船(IMOではMaritime Autonomous Surface Ship (MASS) と呼んでいます)の出現にあわせた国際条約(SOLAS条約*3、COLREG条約*2、STCW条約*4など)の見直しに向けた検討が始まりました。前述の通り、MASSとは具体的にどのようなものかですら共通認識がない状況で、開発を推進したい国・機関、抑制したい国・機関が混在し、議論もたびたび発散しましたが、結果的にMASSの定義、自動化レベルについて暫定案をまとめ、国際ルール検討のスタートラインに立てたことは大きな成果といえます。

MSC99の議論の様子

MSC99の議論の様子

よく「船の世界は遅れている」と言われますが、陸と比べるのがそもそも酷な面もあります。海水や動揺による船体・機器への影響のほか、通信環境もまだまだ陸とは比較になりません。このような海という環境の厳しさや、国や港による文化の違い、その他業界特有のルールなどを熟知している日本郵船・MTIのような会社が、現実的な研究開発やルール作りを主導するのは責務であり、船会社としての社会貢献であると感じます。

自動運航船に関する制度面の論点整理例(大洋遠隔操船を想定した際の留意項目)

自動運航船に関する制度面の論点整理例(大洋遠隔操船を想定した際の留意項目)

海事業界の大きな転換点

当然ながら、海運には様々なステークホルダーが絡みます。船会社だけでなく、船主、造船所、航海機器メーカ、エンジンメーカ、港湾管理者、船員組合など、様々な立場の人々が携わり、加えて荷主や受取人、陸運業者との関係もあります。その役割のバランスが一気に変化しうる自動運航船という概念に、拒否反応を示す人が少なからずいることも確かです。しかし、業界の現状に危機感を感じ、この概念がもたらす波及効果に期待している人が少なからずいることも、また確かです。

MTIは、実際に現場を知る航海士、機関士のほか、船体設計・性能、航海機器、さらには陸上物流に関する専門家が集まっている世界的にも特異な企業といえます。優れた技術を、いかに各ステークホルダーに配慮しながら導入可能な形に持っていくか、そこまで考えるのが研究開発である、という認識の下、本テーマに取り組んでいます。私自身はまだいずれかの専門家と言えるほどの知見・経験があるわけではないのですが、自動運航船をはじめ日本郵船・MTIの研究開発を通じて自分の専門性を磨きつつ、日本の海事業界の今後に貢献できるよう皆さんと取り組んでいきたいと思います。

*1Connected Industries:
様々なつながりにより新たな付加価値が創出される産業社会。2017年、日本の産業が目指す姿として経済産業省が発表した。

*2COLREG条約:
海上における衝突の予防のため国際規則に関する条約

*3SOLAS条約:
海上における人命の安全のための国際条約

*4STCW条約:
船員の訓練及び資格証明並びに当直の基準に関する国際条約

 

関連リンク

自動運航船に関する国際ワークショップにて、当社船舶技術部門長の安藤がプレゼンテーションを行いました