MTIジャーナル

MTI Journal.17

電力システム
インテグレーション
による
省エネへの挑戦

岡本 武史


船舶物流技術グループ 主任研究員

2022年5月30日掲載

※職名は2022年5月30日時点

 

2020年5月より舶用機器メーカーからMTIへ出向し、主に船内の電力に係わる省エネ技術の研究に従事しています。世界的な脱炭素化の流れにより、GHG排出量の少ない代替燃料へのシフト、ビッグデータを活用した運航の効率化と併せて、省エネ技術の開発が今後ますます重要となります。MTIではこれまで、船体改造や船体付加物など省エネ技術の研究および実用化を行ってきましたが、これらに加えて発電や電力利用の効率化を追及し、2050年のネットゼロエミ達成に貢献できる技術を少しでも多く積み上げることを目標として、業務に取り組んでいます。

電力に係わる省エネ技術

現状の一般的な船内電力システムは、単純に最大条件の出力需要をまかなえるような設計になっているため、近年では当たり前となった減速航行の低出力条件ではオーバースペックとなり、効率改善の余地があることがデータ分析により明らかになっています。
電力に係わる省エネ技術は、発電、配電、電力需要の3種類に大きく分類でき、さらに機器を船に適した仕様にアレンジする設計技術と、運航条件に合わせて安全に効率的に制御する技術に分けられます。省エネ技術を効率的に実装するためには費用対効果も考慮した複雑な検討が必要になります。

電力に係わる省エネ技術の例をいくつかご紹介します。一つ目は、主機軸発電機(S/G)の利用です。一般的に、発電機エンジンよりも圧縮比が高い主機エンジンの方が高効率であり、主機からS/Gで電力を取り出すことでトータルの燃料消費量を低減できます。S/G自体は従来から活用されてきたものですが、効率の高い永久磁石モーターのS/Gの普及や、さらに高度な制御により主機の負荷を平滑化するようにS/G出力を調節して主機燃費を改善したり、ノッキングを防止したりすることもできるため、代替燃料と組み合わせた活用も今後期待できます。

次にバッテリーやキャパシタ、DCグリッドの利用です。現在普及しているリチウムイオンなどの大容量バッテリーは、重油と比較するとエネルギー密度が低く、安全対策やメンテナンスに掛かるコストの課題もあり、外航船をバッテリーのみの完全電気推進にするのは現時点では難しいと考えていますが、中小規模のバッテリーまたはキャパシタで過渡的な電力需要をサポートすることにより、発電機エンジンをダウンサイジングすると、発電効率を向上させることができます。また、インバータ、バッテリー、燃料電池、太陽電池など、直流の機器を直流で接続するDCグリッドによって、電力変換ロスの低減が期待できます。

最後に、発電機エンジンの回転数制御です。発電機エンジンの負荷率-効率曲線は回転数によって変化するため、負荷率に応じて回転数を変化させることで、効率の改善が期待できます。また、発電機エンジンの回転数の変化にACグリッドに繋がる電動機の回転数が連動するため、発電機エンジンの回転数制御を疑似インバータとしても利用することができます。これら紹介した技術の他にも、燃料電池や再生可能エネルギーの利用など、新しいシステムの導入も今後期待されます。

システムの全体最適化

電力に係わる省エネ技術は、大容量バッテリーの活用や電気推進といった大規模な設備投資を伴うものから、乗組員のオペレーションによる改善のような比較的簡単に実現できるものまで様々ありますが、それぞれの技術が単独で効果を発揮するだけではなく、複数の技術を組み合わせることで相乗効果を得る場合もあり、日進月歩の機器性能を正しく把握したうえで、船の仕様や航海計画に合わせた最適設計と、実際の航海条件に合わせた最適制御の両面から、全体最適化を行うのは非常に難しいということが、MTIで調査検討を進める中で実感できました。

また、こういった設計×制御の最適化をトータルで提供できるシステムインテグレーターの存在が今後重要になると考えられますが、船社・造船所・機器メーカーなどの必要な知見を一社が併せ持ち、サービスを展開するというのは現実的ではないため、船社・造船所・機器メーカーなどが上手く連携・協力してひとつの最適設計・制御を実現できる環境が、将来のネットゼロエミ実現に重要な役割を果たすと考えています。

Energy Management System

こういった構想を練り上げ、2021年6月から半年間、複数社が知見を寄せ合い最適設計・制御を実現できる環境「Energy Management System (EMS)」の開発に向けたコンセプト検討を、造船所・機器メーカー・船級協会と共同で実施しました。 検討を進める中で、EMSの機能に関しては各社のアイデアを持ち寄り定義することができましたが、サービスエコシステムに関しては、責任の切り分けや利益の分配を、全てのステークホルダーが納得できる形に組み立てることが難しく、結論には至りませんでした。しかしこの検討によって、問題意識とあるべき姿の共通認識を持つことができ、今後の本格的な開発に向けた協力体制が築けたことは大きな成果だったと思います。2022年2月からは、EMSの本格的な開発に向けた要素技術の概念実証を行っており、本格的な製品開発~最終的な社会実装を目指して、引き続き取り組みます。

MTIでの経験

MTIでは、舶用業界を中心に様々な企業から出向者が集まり協力して、様々な分野の研究に取り組んでいます。これらの情報に触れるたび、船舶に係る技術の広さと奥深さを感じています。また、業界構造や船社業務および問題意識について、舶用機器メーカーの立場からは見えなかった部分が理解でき、本質的な問題解決を意識した考え方ができるようになったと思います。この経験を活かして海運業界に価値を提供できるよう、業務に取り組んでいきます。