MTIジャーナル
MTI Journal.27
データ解析と
脱炭素社会への挑戦
光嶋 徳博
船舶物流技術グループ 研究員
※職名は2025年12月10日時点
はじめに
2023年10月よりMTIに出向し、データ解析およびソリューション開発に従事しています。着任前は、日本郵船の海外現地法人において自動車船の運航管理および自動車輸送の営業に携わってきました。これまでに培ったグローバルな視点と現場での実践的な経験を活かし、船舶から収集される多様なセンサーデータや海上輸送に関する情報を統合・解析することで、社内外の関係者のニーズを踏まえたソリューションの提案と価値創出に取り組んでいます。

海運業界を取り巻く脱炭素の潮流
近年、海運業界では環境負荷の大幅な低減に向けた国際的な脱炭素化の動きが加速しています。国際海事機関(IMO)は、2018年に初期戦略を策定し、長期的な温室効果ガス(GHG)排出削減目標を掲げました。さらに2023年には新たな戦略が採択され、2050年頃までのGHG排出ネットゼロ実現に向けた取り組みが本格化しています。
こうした流れを受け、新造船にはエネルギー効率設計指数(EEDI)が、既存船には炭素強度指標(CII)が適用され、設計段階から運航段階に至るまで、省エネ性能や運航効率の向上が求められています。さらに、国際機関のみならず、各国・地域においても独自の環境規制や経済的インセンティブ制度が導入されており、燃料の多様化や運航最適化への取り組みが一層重要になっています。
日本郵船グループの脱炭素戦略
日本郵船グループは、長期的な脱炭素目標の達成に向け、運航効率の最大化や代替燃料の導入など、段階的かつ実効的な戦略を展開しています。こうした戦略を支える基盤として、海上輸送に関するデータの収集・解析はますます重要性を増しており、社内外の幅広い関係者が共通の情報基盤のもとで連携し、課題解決に取り組む体制の整備が進められています。
MTIにおける取り組み
MTIは、海運企業の研究開発機関として、環境負荷軽減に向けた先進技術の導入検証や、膨大な運航データを活用した船舶運用の最適化など、ハード面・ソフト面の両側からGHG削減に資する取り組みを推進しています。これらの研究活動は、実船を対象とした技術実証から、運航データ解析に基づく運用最適化まで、多層的なアプローチで展開されています。
私が担当するプロジェクトでは、GHG排出量の正確なモニタリングと現状把握に資するデータ管理体制の構築を進めています。船舶ごとに取得データや対象項目が異なるため、社内外の関係者間で統一的なデータ管理と品質確保を実現することが重要な課題です。そのため、データ収集・集計・分析の各プロセスで生じる差異の是正や品質検証を体系的に行い、分析・評価・対策立案に一貫して活用できる仕組みの検討を進めています。これにより、FuelEU MaritimeやCIIレーティングなど、即時性が求められる指標についても、精度の高い状況把握と柔軟な対応が可能となります。
また、近年導入が進むIMOの中期的GHG削減対策や、各国が独自に導入を検討している炭素課税制度など、新たな環境規制に関しては、シミュレーションを活用した影響分析を実施しています。自社船隊におけるコストインパクトを多角的に評価し、将来的な制度対応の方針や最適な運航戦略を検討する際の基礎データとして活用しています。これにより、経済性と環境適合性の両面から合理的な意思決定を支援する体制を構築しています。
さらに、GHG排出量の変動要因を科学的に把握することにも注力しています。実際の運航データをもとに、船速、燃料種別、代替燃料の利用状況、輸送需要の変化、設備効率などが排出量に与える影響を定量的に分析し、その結果をもとに、各要因がどの程度GHG削減効果に寄与しているかを明らかにしています。これらの分析成果は、運航条件の見直しや設備改善の検討など、社内外の関係者による具体的な意思決定にも活かされています。
このような取り組みを通じて、MTIは単に環境規制への対応にとどまらず、データ駆動型の運航・環境マネジメントの高度化を目指しています。研究開発の成果をグループ全体に展開することで、持続可能な海上輸送の実現に貢献するとともに、将来的な脱炭素社会への移行を支える技術基盤の確立を推進しています。
脱炭素と経済性の両立に向けて
脱炭素化の推進は、環境負荷の低減のみならず、経済性との両立という観点も不可欠です。実際の運航では、天候や港湾事情などの外的要因に応じて、運航計画を柔軟に調整する必要が生じることがあります。場合によっては、顧客対応や輸送スケジュールの維持を優先する判断が求められる場面もあり、その結果、燃料消費量や排出効率への影響が生じる可能性もあります。こうした現場での判断は、環境対応と経済性の両立という観点で極めて重要な意味を持ちます。
MTIが進めるデータ基盤整備や分析手法の高度化により、運航判断を支援する情報の精度と即応性が向上し、企業全体としてバランスの取れた意思決定が可能になると考えています。
Driving Innovation for Sustainability
日本郵船グループは、長い歴史の中で時代の変化に応じた技術革新を重ねてきました。今後も持続的な成長を実現するためには、脱炭素に向けたイノベーションの推進が不可欠です。MTIには、造船所や舶用機器メーカーなど、海事産業に関連する多様な組織からの出向者が集い、社内外の知見を結集したオープンイノベーションを推進する土壌があります。MTIのMission・Vision・Valueでも、「現場と共に挑戦し続けるオープンイノベーションリーダー」としての姿勢が明確に示されています。
私自身も、技術開発の実施側と利用側の両視点を持ち、多様な社内外パートナーと協働することで、実践的な解決策の創出を目指しています。MTIで得た知見と経験をグループ全体へ還元し、産業界全体と連携しながら脱炭素目標の達成と社会への貢献を進めていきます。
おわりに
脱炭素化に向けた取り組みには、技術開発だけでなく、社内外の関係者が連携し、共通の課題意識と情報基盤のもとで協働することが求められます。MTIは今後も、研究開発を通じて日本郵船グループおよび海事産業全体の持続可能な成長と脱炭素社会の実現に貢献していきます。


