MTIジャーナル

MTI Journal.23

フロントローディングによる
新造船設計の合理化

中村 匠


船舶物流技術グループ 上級研究員

2023年8月25日掲載

※職名は2023年8月25日時点

 

私は、2021年9月に株式会社大島造船所からMTIへ着任し、主に既存の新造船設計プロセスの合理化・最適化に向けた研究に携わっています。出向元の造船所でも新造船設計業務(初期設計)に関わっていましたが、MTIではそれらの業務を含むプロセスの改善に挑戦することとなり、積極的に貢献していきたいと考えています。

既存の新造船計画・建造プロセスの問題点

本研究の背景として、既存の新造船計画・建造プロセスは、下図の通り、数多くの問題点を含んでいます。例えば、昨今、船舶の設計段階では3D設計ツールが活用されるようになってきましたが、船級承認や船社との契約・交渉のプロセスは昔から変わっておらず、未だに紙やPDF形式の仕様書・図面を用いている状況です。この結果、造船所側は3D設計ツールの情報から提出用資料を作成することに時間を要しており、船の仕様を確認する船社側としても、紙・PDFの資料から船の仕様情報を読み取りづらく、仕様決定に時間がかかるという悩みがあります。

また、今後の燃料転換などの観点から、船舶の設計はより高度化することが予想されます。このような状況の中、昔のプロセスのまま業務を行うのは限界があると考えており、新造船計画・建造プロセスの合理化・最適化が急務であると言えます。

既存の新造船計画・建造プロセスの問題点

設計フロントローディングによるプロセスの合理化

本研究では、プロセスの合理化・最適化に向けて、既存の紙やPDF形式の仕様書・図面ではなく、3Dモデルを活用することを考えました。3Dモデルを活用し、ステークホルダー間の契約・交渉のためのより良いコミュニケーションツールの開発に取り組んでいます。設計時に作成した3Dモデルを含むデジタル情報は、計画・建造時のみではなく、就航後も活用する想定です。機器メンテナンスデータや運航データの設計段階へのフィードバックを含め、船舶のライフサイクル全体のプロセスの合理化を目指します。

こういった取り組みにより、「設計フロントローディング」が実現すると考えています。イメージ図を以下に示しています。縦軸はコストおよびリソース、横軸は工程進捗を表しており、工程が進むほど設計変更にかかるコストは高くなり、設計変更は容易ではなくなることを表しています。この中で、現状では「詳細設計」「生産設計」の段階でピークが立っている造船所の作業量を、基本設計段階へ前倒しすることを目指しますが、ただ単に前倒しするだけでは、基本設計段階の負荷が高くなってしまいます。そこで、先に述べた3Dモデルやコミュニケーションツール等の優れた道具を活用することで、単純な作業量や後戻り作業を減らし、負荷そのものを低減したい考えです。

設計フロントローディングによるスムーズな意思決定を実現することで、競争力の高い設計・船舶調達が可能となり、将来的には、造船所と船社による「船舶の共同設計」の実現も可能であると考えています。

設計フロントローディングのイメージ図

共同研究の体制

本研究の取り組みの体制について説明します。2021年3月にPhase1が開始し、現在Phase3まで完了しました。全体としてはPhase5、2024年末までの取り組みを予定しています。

現在、株式会社スマートデザイン(SDC)、本田重工業株式会社、株式会社大島造船所、日本郵船株式会社との共同研究として進めています。取り組み内容としては、図の通り、大きく「大島造船所との取り組み」、「SDC・本田重工業との取り組み」の2つに分けて検討を進めています。これらはそれぞれ分科会を開きながら進めていますが、1か月に1回全体定例会を実施し、情報共有および議論を行っています。全体定例会には、一般財団法人 日本海事協会、NAPA Japan 株式会社、一般社団法人 日本中小型造船工業会にオブザーバーとして参加いただき、ご意見をいただいています。

共同研究の体制

プロセスを改善するための道具

本研究の取り組み内容の1つとして、主に大島造船所と協力して検討を進めている、新造船計画・建造プロセスを改善するための道具の開発について説明します。

はじめに、本道具の構想立てを行いました。イメージ図の通り、右側には、造船設計に必要な情報を含んだ「e-SPEC」と呼ぶ統合データベースを示しています。そして左側には3Dモデルを示しており、こちらは、e-SPECの情報をより理解しやすい形で映し出す役割を担います。この2つを対としたプラットフォームを「Basic Design Platform」、略して「BDP」と呼称し、開発を進めることにしました。

Basic Design Platform(BDP)の構想

次に、既存の仕様書や図面の分析を進めるとともに、先述のBDPの構築検討を進め、重要なポイントを以下の通り洗い出しました。

  • 船舶は「係船」「推進」「バラスト」等のシステムの集合体であり、システムベースで仕様を確認できることが重要である。
  • 「設計思想」にあたる情報は、造船所の設計の過程では明白だが、既存の仕様書や図面では十分に表現されておらず、この情報を可視化できることが重要である。
  • 現行の設計作業は「仮説と検証を繰り返す作業」が肝であり、この作業を効率化できることが重要である。

BDPを適切に構築し活用することで、上記課題は解決可能であると考えました。その後、比較的単純なProvision Handlingシステムを対象としてBDPのプロトタイプを構築し、大島造船所と仮想仕様打ち合わせを実施することで、この考えを検証し、確認しました。

Provision Handlingシステムを対象とした、仮想仕様打ち合わせの実施

 

現在は、引き続きBDPの開発を進め、コンセプトとプロトタイプのブラッシュアップを行っています。以下にこれまでの検討成果のイメージ図を示していますが、要点について説明します。

  • BDPの将来的な全体構想の整理
    将来的なBDPの全体構想として、それぞれのステークホルダーが有するデータベースを、BDPを介してリンクさせ、業界全体でBDPを活用することを想定しています。その際、BDPのデータベースと3Dモデルは、船級などの第三者機関によって保管・管理されることになると思われます。本共同研究の期間内では、船主-造船所間において部分的な実運用開始を達成することを目標としています。
  • 3Dモデルの構築方法の検討
    既存の3D設計ツールの設計情報を組みわせて作成することで、造船所側にとってなるべく手間のかからない方法で構築します。ここでは、NAPA、CADMATIC、MATESから出力したデータを使用しており、区画、船殻、艤装の3Dモデルを1つのモデルに統合しているため、十分な情報量を含んでいます。
  • 造船所内のデータベースの構成検討
    造船所側のデータベースは、造船所側が必要とする「設計」の情報を、Product Data Managementシステム上で、船舶のシステムベース(防火・消火・給水・係船など)で分けて管理する構想とします。
  • 3Dモデルとデータベースの連携方法の検討 / 船主-造船所間交渉用インターフェースのプロトタイプ構築
    造船所が設計の過程で作る「3Dモデル」と「e-SPEC」を自動的に連携させるインターフェースを作成しています。このインターフェースは、船主側が必要とする「船の仕様」を確認するものであるため、造船所のデータベースの中で、船主側が必要な「仕様」の情報をピックアップして表示します。造船所のデータベースがシステムベースの構成になっていることから、システムベースで情報を見ることが可能です。
  • 船主 – 造船所間協業のトライアル準備
    BDPをコミュニケーションツールとして活用したトライアルを準備しており、BDPを実業務に取り入れた際の業務プロセスについて協議予定です。

これまでの検討成果のイメージ図

 

なお、上記のBDP開発から派生して、3D CADアプリケーションを活用したBDPの検討も開始しました。こちらはSDC・本田重工業と協力して進めており、上述の大島造船所構想のBDPが「3Dモデル」と「データベース」に分かれている一方で、こちらの構想では、CADMATICの3D CADアプリケーションにデータベースとしての機能を追加いたします。造船所が自前でデータベースを持つ必要がないため、中・小規模造船所にとってメリットになり得ると考えています。

また、母船の設計データを活かした流用設計の検討も本BDP開発のコンセプトとしています。具体的には、CADMATICツールの既存機能である「Sister ship機能」や、モジュール設計技術の活用について検討する方針です。

3D CADアプリケーションを活用したBDPの構想

3Dモデル利活用の深度化

続いて、もう一つの取り組みである、3Dモデルの利活用の深度化について説明します。先述の通り、3Dモデルは設計・建造時だけでなく就航後にも利用し、就航後の各種データの効率的な活用・フィードバックに用いられるべきであると考えています。

そこで、本田重工業建造の内航石炭船を対象として、「デジタル完成図書」を作成しています。既存の完成図書は紙・PDF形式ですが、これをデジタル化し、利便性を高めることで、3Dモデルの利活用の取り組み全体の拡大を目指します。デジタル完成図書の具体的なつくりとしては、下図に示していますが、二次元のマップから3Dモデルの該当箇所にアクセスすることができ、さらに、モデル中の「機器」や「配管」と、それに該当する「図面」が相互でリンクしています。また、ツールとしてCADMATIC e-Shareおよびe-Goを使用していることから、3D CADアプリケーションとしての多彩な機能を有しています。

デジタル完成図書の仕様

デジタル完成図書のユーザーは主に船舶管理会社を想定しています。現在、アジアパシフィックマリン株式会社にご協力いただき、実際にプロトタイプを試用いただいて検証を行っています。対象船の乗組員向けにデモを行った際には、以下に示すような前向きなご意見を多くいただきました。

  • 配管工事をより詳細に計画でき、作業効率が向上した
  • 乗組員同士で位置/場所の共有ができる
  • 乗組員の乗船前の研修に活用できそうである
  • 造船所や船級に情報共有する際に便利ではないか

一方で、まだ検証開始から日が浅いため、ある程度の期間試用していただいたうえで、コメント・フィードバックをいただき、引き続きデジタル完成図書の機能面の改善を行いたいと考えています。

 

デジタル完成図書プロトタイプのデモ実施

対象船機関長へのデジタル完成図書(e-Go タブレット版)の貸与

今後の展望

本研究の技術的な取り組み内容としては以上であり、引き続き実運用に向けて、開発中の各ツールをブラッシュアップしていきます。一方で、本取り組みは最終的に「特定の造船所や船社間」で実現したとしても効果が薄いと考えています。具体的には、造船所や船社がそれぞれ独自のやり方で、個別のツールを構築する状況となった場合、効率的でないどころか、業界全体にとって負担になりかねません。

よって、本取り組みは、オープンコラボレーションで行うべく活動を進めています。冒頭の「共同研究の体制」で述べた、オブザーバーとしての参加企業は徐々に拡大しており、NAPA Japanからは「理想的な造船設計プロセス」に関するワークショップの開催を提案・主催いただくなど、積極的なご協力をいただいています。今後も引き続き、本取り組み内容を外部へ積極的に紹介していく方針です。

NAPA Japan主催「理想的な造船設計プロセス」に関するワークショップへの参加
(大島造船所、日本海事協会、日本郵船、MTI)