MTIジャーナル

MTI Journal.10

AI、機械学習を活用した
機関データ分析への挑戦

Putu Hangga Nan Prayoga


船舶物流技術グループ 上級研究員

2020年2月12日掲載

※職名は掲載当時

 

私は2019年4月にMTIに入社しました。MTI入社以前から、私が当時システムデザイン分野の特任助教として勤務していた九州大学とMTIとで共同研究を行っており、様々な研究活動に従事してきました。修士課程に入る前には、船舶管理会社にて勤務した経験もあります。現在は、ビックデータ活用に関連する幾つかのプロジェクト、中でもSIMSプラットフォームによって収集された船舶機関データの活用のための研究プロジェクトを中心に、MTIで研究活動を行っています。

既にビッグデータとデータサイエンスの時代は到来し、世の中ではAIと機械学習を利用した実社会の課題を解決するための様々なアプリケーションの導入が始まっており、高粒度のデータをリアルタイムで収集するプラットフォームの活用は、デジタル化のムーブメントにおける代表的な分野になっています。しかしながら、日々集まる膨大な量の実データを用いた研究を大学の研究室だけで実施することは困難であり、MTIの研究プロジェクトに参画する機会を与えられたことは、研究者として非常にエキサイティングなことでした。

 

 

機械学習を活用して繰り返し作業や労働集約的な業務を自動化しようという試みは増えるばかりで、機械学習はもはや研究対象ではなくなり、徐々に実世界への適用や製品開発のためのものになってきていますが、例え新しい機械学習モデルが発表されようとも、既存業務や既存システムがある中でそれを活用できるようにすることには時間がかかるものです。MTIに入社後、私に与えられた最初の任務は、NYKのクラウドデータベース上の百隻以上の船の機関データを使い、エンジンの異常を早期に検知することでした。船の機関室には様々な機械が複雑に設置されており、経験豊富な機関士が交代で常に監視していなければならないものですが、機関士には他にも多くの仕事があるので、すべての機械のパフォーマンスを同時に監視することはできません。従って、重要な異常が起きた時にアラートを出してくれるような、機械のメンテナンスをサポートできるシステムへの需要が高まっているのです。

船上の機器システムから収集されたセンサーデータから、船のコンディションはリアルタイムで把握することが出来るので、近い将来に起きる故障の予兆や、僅かな兆候の検知など、システムのパフォーマンス変化をほぼリアルタイムに検知することができる可能性があります。MTIでは、ビッグデータの力を最大限引き出し、機関士、船舶管理者、NYK海務グループがタイムリーな意思決定ができるよう、機械学習を活用したソリューションの開発を進めています。高い精度で機関室が正常な状態からの乖離したことを検知することができ、また、機関士がその内容を理解できるような、ストリーミングデータの監視プロセスを自動化するAIソリューションを作ることが、私の任務なのです。

データ品質の重要性

コンピューターサイエンスの世界ではGIGOと表現されますが、不適切な入力データからは不適切な出力しかされない、というのは技術の「真理」の1つです。とりわけビックデータの扱いにおいては、この問題が顕著に現れます。 いくら長期間、大量にデータを集めたところで、データは天然の結晶のように自然に構造化されたりはしないからです。私が研究の中で扱っているデータについても、データが欠損していたり、不正確で無効な値であったり、タイムリーにデータが入ってこなかったり、等々の問題が起こります。 これら不適切なデータを分析モデルに入力すれば、当然、意味のない結果しか得ることが出来ません。 MTIの研究活動では、NYKのDigitalization and Greenという中期経営計画の下、ISO企画に準拠したデータ品質管理を、SIMSデータの活用においても適用していくためのプロジェクトを立ち上げるためのサポートを受けることができ、通信されるセンサーデータの品質管理に取り組む外部の研究機関の協力を得ることも出来ました。

機械学習におけるGIGOの原理

エンジンについての専門知識とモデル選択の重要性

分析を実行するために必要かつ適切なデータを持っていても、どの分析モデルをエンジンに関する専門知識と組み合わせて考える必要があるかを判断するのが難しい場合もあります。これは、我々の扱う課題が、解くべき問題を明確に定義して分析を行う、典型的な学術的課題ではないことに因ります。分析結果を活用すれば問題解決に繋がるというユースケースを提示し、解決する価値のある問題であることを関係者に納得してもらうためには、研究計画を立案し考えられるベネフィットについての説明を行うにあたって、エンジンの専門家(機関士)からの助言を仰ぐことが必要になります。

それだけではなく、分析モデルの選択も多くの労力と時間を要するプロセスであり、テストする分析モデルを選択し、プロトタイプを製作し、実際のデータを対象に検証を行うことが必要になります。大学という研究機関にいたという私の経歴は、何百もの研究論文の中から、課題を解決する可能性のある分析モデルを探し出すことに役立っていますが、 MTIにおける研究活動は、AIの専門家、データサイエンティスト、外部の研究機関と協力して、全く新しい分析モデルを考案したり、より高度なモデルを開発したりすることも出来る環境で行われています。現在検証を行っている機械学習モデルは、故障データベースを利用してラベル付けされた教師データありの機械学習と、様々な機関データで作られる多次元空間の急激な変化を自ら学習する教師データなしの機械学習を組み合わせた上に、更にエンジンの物理特性を考慮して分析結果を提示する、革新的なアンサンブル学習モデルです。

機械学習と専門知識を組み合わせたアンサンブル学習モデル

 

異常検知という大きな仕組みの中にある小さなサブテーマに取り組んでいくことも重要な活動です。その1つは、船舶の運航モードを自動的に検出する分析モデルの開発です。機関データは、運航モードの違いによって、各々傾向の違うパラメーターのセットを生成します。したがって、このようなエンジン挙動の多次元プロファイルを区別できる必要があります。このサブテーマは、異常検知に関連するだけでなく、船舶機関の性能劣化を推定したり、自律航行船の開発など他の多くの分野にも発展する可能性があるため、私にとって特に興味深いものです。

このように多面的な検証を行って尚、実際に使われるソリューションのコンセプトを作り上げるには、既存のITインフラストラクチャーと企業文化の中で合理化できるものにしておく必要があります。幸いなことに、MTIやNYKには、そのジレンマを克服するために助言してくれる船舶の専門家やITの専門家が多くいます。本当にユーザーの役に立つソリューションを構築するため、MTIの研究活動においては、違った専門性を持つ多種多様な人々がプロジェクトに参加しているのです。様々な専門家達から学び、共通の夢に向けて実りある議論をしながらプロジェクトを進めて行くことは、本当に楽しいことです。

ビッグデータとAIのパラドックス

船という独特のシステムに対峙し、吸収できる専門的知識の幅と、研究対象となり得るデータ種類の多さに、私は本当に驚きました。これらは学校でも学べることかもしれませんが、MTIにおいては、実務家から学び、予算と締切りのある中で研究を行っています。研究者としての観点からすると、様々なソリューションを生み出す可能性を秘めていながら未だ活用しきれていないデータの宝庫を扱えることは、研究者冥利に尽きるとは思いますが、同時に災いであると感じることもあります。殆どリアルタイムに出力される数百万にも及ぶ高精度なデータを相手に、受け取るデータのスピードよりも速く計算処理を行わなければならない、といった課題に頭を抱えたこともありました。

NYKが一足飛びに、異常検知のアラートを自動で生成するシステムの構築を目指すのではなく、まずはデータを「見える化」し、陸上でデータを見ながら運航中の船の機関不調に気付けるようにするためのアプリケーションを開発してきたことは、私の研究活動にとっても有り難いことでした*1。研究活動では、その現在陸上で行っているデータを見ながら機関の状態をモニターするという行為を自動化することに注力出来たからです。異常検知システムが、より深い分析を行い、精度の高いアラートを出すことが出来るようになれば、ユーザーは、運航中の船に乗っている機関士やエンジンメーカーと連絡をとって対応を検討したり、オペレーターに運航遅延のリスクを通知するといった、より重要な業務に集中することが出来ます。機械学習モデルによる分析結果は、モデルがどれだけ優れていても、予測がどれほど正確であっても、ユーザーにとって解釈可能でない限り機能しません*2。そのため、研究開発の段階であっても、実際のユーザーとの緊密なコミュニケーションが私にとっては最優先事項であり、それがユーザーの信頼を獲得するための近道だと考えています。

安全運航を実現するための自動化システム

ハイブリッドモデルを利用して予測分析改善

海運業に携わる者として、あるいは造船技師、ビッグデータ研究者として、私は船と陸の距離は、もはや船舶運航を難しくする制約ではないと感じています。仮想的に繋がった環境があれば、同じ次元に立って問題対処に取り組むことができるからです。 AIとデータサイエンスが活用されれば、継続的に船のコンディションをモニターし、様々な角度からの分析で異常を見つけ出し、それをユーザーが理解できる情報に変換し、適切なアクションの実行を促すことが出来ます。AIの分析に誤りがあれば、ユーザーはフィードバックを行い、異常検知の精度向上に向けてAIに誤りから学ばせることが出来ます。このフレームワークは、アクティブラーニングと呼ばれます。このようなシステムの開発が実現できれば、AIと人間が密接に連携して相互に強化する新しい環境を作り出すことが出来るのです。システムからの出力が、意味のあるアクションに繋がらなければ意味がありません。そのことを常に念頭に置きながら、AIとビックデータの可能性を追求する、終わりなき研究をMTIで続けていきたいと思います。

運航の様々な場面でAIが意思決定をサポート

 

 

最後に、親会社であるNYKの全面的な支援を受けて研究開発を行うMTIという会社は、とてもユニークな研究機関だと私は思っています。 AIを活用して、蓄積された膨大な船のデータの分析を進めていくことはNYKの戦略の中核であり、分析を進めていけば、船舶運航における危険や、故障、障害を予測することが出来るようになると考えています。 MTIの研究活動に関わることができ、直近の、あるいはもっと将来的な課題解決に取り組む機会を与えられただけではなく、外部の研究機関とのネットワークも世界中に広がり、私の見識を広げてくれています。

DNV GLとのワークショップにて
(前列、左から2番目が本人)

<参照>

*1 NYKグループのDigitalizationへの取り組み:  https://www.nyk.com/csr/technology/example/

*2 Smith, P.J, Hoffman, R.R (2017). Cognitive Systems Engineering: The Future for a Changing World, CRC Press, ISBN 9781472430496