MTIジャーナル

MTI Journal.21

艙内環境の見える化、
輸送貨物を守る取り組み

中村 芳夫


船舶物流技術グループ 主任研究員

2023年3月7日掲載

※職名は2023年3月7日時点

 

MTIでは、貨物の輸送品質の向上に寄与するため、さまざまな取り組みが行われています。その中の一つである、船倉内結露から貨物を守る取り組みをご紹介いたします。

背景

輸送において貨物ケアは普遍の課題ですが、船による輸送は長時間の海上輸送となるため、日々の天候や海象状況等さまざまな要因で輸送環境が変化、その時々に応じた対応が必要になります。そのため、本船ではさまざまな手段を駆使して、常に貨物をより良い状態で運ぶための努力をしています。

手段と言っても、船種や船設備によって異なり、全ての船に空調設備が搭載されているわけではなく、換気等の対策が施されているわけでもありません。艙内の状況を把握するため、本船乗組員が定期的な見回りや計測器を使った計測等、人の手に頼る部分も多い場合があります。一方で技術に目を向けると、IoTの広がりとともにセンサー技術や通信技術が発達し続け、船舶でも航海計器や機関部の機器で活用が広がっています。このように運用のニーズと技術のシーズのマッチがあり、それら技術を活用し、艙内に入らず、離れたブリッジからリアルタイムに艙内状況を把握できるのではないかというところから本プロジェクトは始まりました。

実現イメージ

課題

本プロジェクトは結露対策ということで、艙内が結露しないよう艙内の温湿度を把握し、適切に艙内の水分量をコントロールすることが求められます。私も最初はそれほど難しくは考えておらず、無線通信機能を保持した温湿度センサーを用いることで、簡単に状態を確認でき、結露が発生しそうな状態の時に適切な対応すれば回避できそうに考えていました。普段から、さまざま場所で無線技術は当たり前のように利用されており、通信距離も一番遠い船倉からブリッジまでであれば数百メートル程度であり、使用する無線通信を適切に選べば余裕で届く距離です。

しかし、船ではそう簡単な話ではありません。今回ターゲットとした船種では、艙内は電源が無く、鉄の壁で覆われた大きな箱で、密閉度も高い場所です。船倉の蓋にあたるハッチカバーを開けた状態であれば届く電波も、ハッチカバーを閉じた瞬間から届かなくなります。ハッチカバーを閉じた状態でも外部へ通信出来ると予想する無線通信は、消費電力が大きいため、大容量のバッテリを搭載するか、計測間隔を長めにしてセンサーの稼働時間を節約するかしない限り、航海を通じて動作させることは難しい状況でした。そもそも計測間隔においては、間隔を広げすぎては結露発生しそうな状態を適切なタイミングで把握できなくなり意味がなくなってしまいます。

艙内

解決策の模索

解決策を探すために、まずは候補技術の絞り込みを行い、絞り込んだ技術の実現性検証を行い、実現性の高い技術を実証実験で検証するという手順で進めていきました。候補技術の絞り込みでは、低消費電力で長時間の稼働が可能な無線通信技術の洗い出しを行い、実現性の検証では候補技術の中から、閉じられた船倉内からブリッジまでの通信が可能か、本船での通信検証を実施しました。
確認方法は、現場の方々にご協力頂き、日本寄港中の停泊中の本船を利用し、艙内にセンサーを設置、ハッチを閉じた状態で船倉近辺においてデータを受信できるか、さらにはブリッジまでデータが届いているかを確認しました。

このように検証を進め、絞り込んだ無線技術がLPWA(Low Power Wide Area)です。LPWAは低消費電力で長距離通信が可能且つ障害物に強い特性を持っていますが、その反面、一度に送れるデータ量はあまり大きくないのという特徴があります。今回、艙内から送信するデータは温湿度の値であるため、データ量は問題ありません。
実現の可能性を把握出来たのちに、実運用を見据えた検討を実施しました。想定される運用方法を洗い出して検討、それに従い、実際の航海で実証実験を実施します。各センサーを艙内の適切な場所に設置し、一目で艙内の状況が分かる簡易的なビューワーをブリッジに設置しました。これにより、荒天等で艙内に入れないような状態でも、艙内の状況をブリッジにてリアルタイムに把握できることになります。

簡易ビューワーで艙内の状況をリアルタイムに把握

現在、実航海での運用を開始、複数回の航海にて検証を行うことで改善/評価を進めているところです。本船スタッフや現場の方々からも好意的なご意見を頂いています。引き続き、実際の航海を利用した検証を続け、まだ気づいていない問題点、改善すべき点等を洗い出し、貨物ダメージをもたらす要因を可能な限り排除していきたいと考えています。