MTIジャーナル

MTI Journal.14

船舶 Open Simulation Platform
への取り組み

石井 誠一郎


船舶物流技術グループ 主任研究員

2020年8月20日掲載

※職名は掲載当時

 

2018年5月よりMTIに出向し、船舶の設計や運航においてシミュレーション技術を活用する研究に取り組んでいます。近年、自律運航船の技術開発や、GHG削減に関する検討が盛んに行われており、これらはシミュレーション技術を活用することで、より良い成果が得られると考えています。本稿では、広く、海事クラスターでシミュレーション技術の活用が広がることを目指した取り組みについてご紹介します。

はじめに

世界各国で自律運航船に関する研究が進められる中、日本郵船・MTIでは、先日プレスリリースされた内航無人運航船*1や、過去のMTIジャーナルで報告のあったような有人自律運航船の研究開発*2に取り組んでいます。このような自律運航船を実現するためには、非常に複雑なシステムを船舶に搭載することになり、事前に十分なテストを行う必要があります。また、操船アルゴリズム等の知能に相当する分野は発展が目覚ましく、運用段階に入った後も更新されていくと考えられ、その都度、システムの信頼性・安全性の評価を行う必要があると考えられます。こういった複雑なシステムの品質を確保するために、自動車や航空産業においては、開発やテスト段階におけるシミュレーション技術の活用が進んでいます。このような背景の中、海事産業においては欧州船級のDNV GLが中心となり、舶用のシミュレーション・プラットフォームを開発、オープンソースとして公開するプロジェクト(Open Simulation Platform-Joint Industry Project: OSP-JIP)が立ち上げられました。

OSP-JIPとは

OSP-JIPは、舶用のシミュレーション・プラットフォームを開発するために、欧州の船級DNV GL、舶用メーカのRolls-Royce (現 Kongsberg)、海事研究機関のSINTEF Ocean、ノルウェー科学技術大学(NTNU)の4つの機関によって立ち上げられたJoint-Industry Projectと呼ばれる形式の産学連携プロジェクトです。2018年6月に始まり、現在23社が参画しています。MTIも2018年8月から本プロジェクトに参画し、全体会合や個別の打ち合わせのために欧州を訪問し、シミュレーション・プラットフォームの開発・技術の習得を進めてきました。

OSP-JIPで開発するシミュレーション・プラットフォームの特徴の一つは、開発成果をオープンソースとして公開する点です。各社がそれぞれで構築するシミュレーションを接続するための規格、接続に必要なプラットフォームをオープンソースにすることで、各社が構築するシミュレーションの相互接続が容易になり、海事に携わる多くの会社や研究機関が、それぞれで開発したシミュレーション技術を相互に活用できるようになることが期待されています。また、シミュレーションを行うために必要なモデルは、FMU(Function Mockup Unit)という自動車業界などで用いられている仕様を採用・拡張しているので、開発したモデルの再利用性の向上や、FMUに対応する幅広いシミュレーションパッケージの利用、複数の会社が開発したモデルを相互接続して大規模なシミュレーションを行う、ということを容易に実現できるようになると考えています。

シミュレーション・プラットフォームのデモ画面

さらに、シミュレーション技術活用の例として、システムのコミッショニング(例:Dynamic Positioning Systemの統合テスト)や、設計最適(例:電気推進船を対象とした発電機容量やバッテリー容量のパラメータスタディ)のユースケースを開発し、公開しています。

シミュレーション技術のユースケース

ノルウェーでの生活とプロジェクト進行

MTIは、OSP-JIPに限らず、他のプロジェクトでもノルウェーの企業、研究機関との交流、共同研究が近年増えています。そうした中で、我々も幾度もノルウェーを訪問する機会がありましたが、物価の高さは世界有数(ハンバーガーチェーンのセット:1300円程度、タクシー初乗り:1200円程度)ですので、DNV GLの拠点近くに自炊できるアパートを会社で借り、滞在費用を抑えながら長期滞在できる拠点として活用することにしました。現地で生活していると、自家用車からタクシーまで、EV(電気自動車)の多さに驚きます。ノルウェーは北海油田を基にした産油国ですが、優遇政策によりEVの普及を進めているようで、国としての環境政策への取り組みを非常に感じます。

また、ハイキングや登山がメジャーで、私も滞在中の休日に登山する機会があり、 北極圏の寒さ(10月ですが)と自然の雄大さを体験することができました。

2018年10月 Hillesoy(ノルウェー)にて登山(右端が本人)

OSP-JIPでは、定期的にワークショップをノルウェーで開催しています。そこでは、開発状況やユースケースについて、参画している様々なバックグラウンドを持った人たちと議論でき、とても刺激的に過ごすことができました。残念ながら、2020年に入ってからは、COVID-19の影響でノルウェーでのワークショップは開催できず、オンラインでの開催となりました。多人数でのオンライン会議では、私の場合は英語ということもあり積極的な発言が難しい面もあり、プロジェクトをより円滑に、積極的に進めていくには、これまで以上に英語を学ぶ必要があると感じています。

2019年3月 DNV GLでのワークショップにて(前列、右から4番目が本人)

Open Simulation Platformの将来

このように2年にわたり開発を進めてきたOSP-JIPですが、先日、プロジェクトは完了し、開発したシミュレーション・プラットフォームとユースケース(モデル)が公開され、誰でも利用可能となりました。ただし、ここで開発したシミュレーション・プラットフォームを今後さらに活用するためのエコシステムの構築(各社が開発したモデルの知的財産を守りながら会社を超えて共有する仕組み、モデルを販売する仕組み、モデルの品質をどう保証するか、ユースケースを販売する仕組み等)は、DNV GLやOSP-JIPの参加メンバーによるコミュニティを中心に今後も続けられていく予定です。

高度なシステムを搭載した船舶を実現するために、システムインテグレーションの重要性が高まる中で、OSPのシミュレーション・プラットフォーム技術は、今後、非常に有効なツールとなり得ると考えています。また、OSPは、より多くの海事クラスターのメンバーが活用することで発展していくものであり、MTIは引き続きOSPコミュニティの拡大に貢献していきたいと考えています。そして、高度なシステムを導入した船舶による更なる安全運航や、機関最適化によるGHG削減と言った課題にシミュレーション技術を活用する取り組みを、これまで以上に推進していきたいと思います。

 

*1 2020年6月15日付プレスリリース:日本財団の無人運航船プログラムに参加 〜2025年までの無人運航船実用化に向けて〜

*2 MTIジャーナル:「ECDIS開発経験を活かした自動運航船への取り組み」 森田 敬年