MTIジャーナル
MTI Journal.26
リスク評価による
安全運航への貢献を目指して
菅野 聡太
船舶物流技術グループ LNG・代替燃料ユニット長
2022年5月からMTIに出向し、機関システムソリューションチーム LNG・代替燃料ユニットに所属しております。MTI着任前は日本郵船にてVLCCやメタノール運搬船の新造船監督や建造管理等を行っておりました。MTIでは主にLNG船や新燃料船に関連する研究開発に携わっており、最近はリスク評価に特に力を入れて取り組んでいます。
リスク評価手法の開発
日本郵船では近年GHG排出削減のためにアンモニアや水素などを燃料とする船の導入の検討が進んでいますが、これらの新燃料は既存の舶用燃料と比べて、毒性や爆発性などの危険性があるほか、それを扱うための機関システムも複雑化しています。そのため開発・設計段階では想定外だったリスクが運航において顕在化する可能性が従来の船より高いと考えられ、安全運航のためには事前のリスク評価により万全の準備を行う必要があります。
一方で、これまでのリスク評価手法では、リスク評価作業に参加する人の知識や経験に依存する割合が大きく、アウトプットが属人的で網羅性に欠けるという懸念があります。そこで私たちは自動車や航空機の分野で用いられているリスク評価ツールを活用しつつ、モデルベースでリスク評価を行い、更に船社の強みである実際の故障情報も活用する手法を考案しました。これをまずはLNG運搬船の重要機器であるGas Compressorに適用することで、新たに多数の有効なリスク低減策を導出することができました*。それらは日本郵船にフィードバックされ、実際の新造船計画やオペレーションに役立てられております。今後はアンモニア等の新燃料機関システムにも適用を行い、安全性の向上に役立てたいと考えております。
* Monohakobi Techno Forum 2023(2023年12月4日開催)にて講演
リスク評価の応用と新たなアプローチ
LNG船用Gas Compressorのリスク評価のアウトプットとして、機器の異常検知のために重要な監視対象パラメータや、故障伝搬関係を明らかにすることもできたため、その知見を用いた異常検知システムや状態診断システムの開発も進めています。これはMTIの中で機械学習やシステム開発の専門家と一緒に取り組んでおり、リスク評価の応用を社内で進められるのもMTIの強みであると感じています。
さらに、MTIの別のチームでは自律運航船の設計のために、新しいリスク評価手法の導入がなされています。そうした知見を新燃料機関システムのリスク評価へ活用することも始めており、多様なバックグラウンドを持つ研究者が最先端の研究を行っているMTIならではの環境を活かすことができています。
他にも新燃料の漏洩に関するリスク定量化のためにガス拡散シミュレーションに大学と共に取り組んだり、造船所やメーカーと共同でリスク評価スキーム構築を目指したりするなど、研究の幅がどんどん広がっていると感じています。
研究の難しさとやりがい
リスク評価というものは、どうしてもそれを実施する技術者の知識・経験に基づく“思い付き”に左右されてしまう部分がある一方で、網羅的にリスクを洗い出せなければ想定外の事故につながってしまう恐れがあります。いかにシステマティックにリスクを特定して定量化し評価することでそのギャップを埋めるかというのがこの研究の難しいところだと感じていますが、自身のこれまでの船舶に関する経験・知識と新しい研究手法を組み合わせることで、安全運航に貢献できるという点にやりがいを感じています。
研究成果の現場への還元を目指して
リスク評価の他にも、LNG船の性能解析や貨物タンク内のシミュレーション、データ取得基盤整備などに携わっており、これらについても運航の現場への還元を目指して引き続き研究に励みたいと考えています。日本郵船を始めとする物流の現場へのアクセスが海事系研究開発機関としてのMTIのユニークさであり強みだと思いますが、その反面、研究成果をしっかりと現場に還元していくことが求められています。特に研究計画を立てるときに、どのように研究成果を役立てることができるかという視点で、関係者とディスカッションを重ねて構想を練ることを大切にしたいと思います。