MTIジャーナル

MTI Journal.12

船舶IoTデータ
プラットフォームの
業界標準化を目指して

川崎 直行


船舶物流技術グループ 主任研究員

2020年5月26日掲載

※職名は掲載当時

 

2018年2月からMTIに出向し、主に船舶で収集されるIoTデータを効率良く陸上と通信させるため、また、それらを利活用するためのインフラに関わる業務に従事しています。日本郵船・MTIでは、2008年からSIMS(Ship Information Management System)と呼ばれるデータ収集装置から船舶のセンサデータを収集、計算、陸上へ送信していますが、当初はデータの収集だけだったものが、見える化を経て、昨今は機関異常を事前に検知し、事故を予防するなどの活用がどんどん進んでおり、今後は、同時に利活用アプリケーションの開発も一層進んでいくと思われます。私の主な業務は、これらアプリケーションに要求される基盤を構築することで、日本郵船運航船の安全と効率運航に貢献することです。

船上システムの“アプリ配信プラットフォーム”

私が現在研究しているプロジェクトの一つに、船上でのアプリケーション活用を進めるための“船上アプリ配信プラットフォーム”があります。これは、船で動いているアプリケーションを遠隔で更新したり、陸上で各船の状況を管理するなど、言うなれば船上におけるスマートフォンでのアプリのインストールや更新に近いイメージです。一見すれば、一般的なアプリ配信サイトと同じで、それを使えば簡単に出来そう・・・と思われがちですが、全くそうではありません。“船上アプリ配信プラットフォーム”は陸上から見るとクライアントですが、船上アプリは船内で複数のユーザー/関連機器による利用が考えられるためサーバにもなります。スマートフォンのように1人のユーザーが使う1対1の機器ではありません。また、船舶特有の事情もあります。利用する衛星通信は陸上の通信網と比較して速度も遅いため、可能な限り圧縮して転送を行いたい、衛星のカバーエリア外では通信が途切れることもあるため、自動的に転送を一時停止し、再びエリア内に入ったら直ちに再開したい、などの要求もあります。さらに純粋なOT(Operational Technology)では無いと考えていますが、船舶のデータを統合して扱う基盤となるため、機器としての一定の信頼性や、今後はサイバーセキュリティへの対応も求められることが予想されます。

では、なぜ“遠隔”で何かをしたい、という要求が多いかというと、ここでも陸上の産業との違いがあります。陸では機器に異常が発生したり、アプリケーションやファームウェアの更新が必要だったとしても、現場との機器間通信・物理的距離・対人コミュニケーションの面においてアクセスが容易です。しかしながら、船は一度出港すると1ヶ月以上寄港しないなど、全ての面においてアクセスが難しく、何らかの変更や作業に多額のコストが伴います。2020年5月現在、日本でもCOVID-19が猛威を振るっていますが、仮に収まった後の平時でも在宅勤務が増えていくことが考えられ、船への訪船回数を減らすことによる、感染拡大リスクの低減のためにも、益々このような“訪船せずに船のアプリケーションに手を入れる”要求は高まってくると思われます。

このような背景の中、日本郵船・MTIでは、NTTグループとのコラボレーションにより、遠隔によるアプリケーションソフトウェア配信のPoC (Proof of Concept)を行ってきました。2017年度のPoCで確認された課題に対して改善策を2018年度に模索し、2019年度は、その改善策に基づいたPoCを再度行い、アプリケーションソフトウェアのインストール、更新、起動、停止、削除を遠隔で行うことが出来ました。また、更新の際には必要な差分だけ送信することで転送量を削減する差分配信機能を新たに実装し、船陸通信との親和性を高めています。さらに、“船上アプリ配信プラットフォーム”自体の更新機能も設けたことで、仮にプラットフォーム自体のバグや機能更新が必要になったとしても訪船せずに対応することが出来るようになりました。2020年度は複数隻への展開と、未実装機能の開発を進めることで実用化に向けた研究を継続していきます。

2019年度実施のIoTデータプラットフォーム実証実験構成

SIMS以外のVPMS(Vessel Performance Management System)

また、上述の“船上アプリ配信プラットフォーム”はデータソースの一つとしてSIMSのようなデータ収集装置の利用が不可欠となりますが、近年では先に述べたISO規格に準拠したデータサーバが登場し始め、また、傭船社要求により舶用機器メーカー製VPMSの搭載事例も増えてきました。今後はSIMS以外のVPMSが搭載されていくことが予想されます。日本郵船・MTIのデータ利活用基盤はSIMSを前提としていたため、今後は船上及び陸上においてどのようなVPMSが搭載されても従来と同様のデータ活用が出来るシステムを構築しておく必要があり、現在はそれらの研究も行っています。既に一部の他社製VPMSのデータ活用が始まっていますが、SIMSでは存在しなかったデータが含まれているものもあり、この研究を継続することで新たなソリューションの誕生に期待しています。

各社VPMSデータ収集基盤概念図

IoS-OPの取り組み

しかしながら、これらの研究成果を日本郵船・MTIでの活用だけに終始すると技術や製品がガラパゴス化し、日本の海運業界全体の発展に寄与できません。ビデオや第3世代光ディスク規格、家庭用ゲーム機など、各業界でのインフラの勝負を決めたのはキラーコンテンツの存在でした。これらのプラットフォームの現状を一気に変える力を持っていると思います。日本郵船・MTI自身もアプリケーションの開発を行っていますが、コンテンツを自社だけで全て賄うのは無理です。例えば、世界で一億台超販売した家庭用ゲーム機などでも、そのゲーム機の特徴を生かしたゲームソフトを、その他のゲーム会社が作れなければ、結果として、コンテンツ不足に悩まされることになります。ですので、皆の意見も聞きつつ、標準化していく仲間作りが大切なのです。

そこで、日本の船級協会ClassNKの子会社であるシップデータセンターと連携するIoS(Internet of Ships)構想にてISO19847(船上データサーバの機能と要件)とISO19848(船舶機関及び装置のデータ標準)が規格化されました。今後は、それらを如何にして「皆に使ってもらえる物」にしていくか、加えて、“船陸データ通信”と、従来進めてきた陸上でのデータ活用を船上でも活用できるように“船上アプリ配信プラットフォーム”の標準化が必要になると考えています。

海事業界のためのオープンプラットフォーム

中央集権か分散か?

今までご説明した研究を通してユーザーニーズの実現に尽力していますが、これらインフラを取り巻く環境は、前述の船舶特有の事情により難解だと考えています。陸上のプラントなどではクラウド・フォグ・エッジコンピューティング等の最適解をメーカー毎に構築していますが、例えば、リアルタイムデータを用いた機械学習による異常検知を行う場合、船上のエッジコンピューティングで行えば良いと思われるものの、高粒度の学習データを陸側へ集めることが大変です。仮に学習データを集めることが出来たとしても、常にすべての船から高粒度のリアルタイムデータを送信、処理するクラウドコンピューティングは現実的ではありません。では、間引いたデータを陸上へ送信するだけで良いかというと、船での異常発生時には速やかに陸上のオペレータ、航海士、機関士が事象前後の詳細データを見たいニーズもあります。加えて、船上と陸上で同じアプリケーションの同じ画面を見ながら直接話をしたいというニーズもあります。陸上産業ではそれぞれ適したシステムを構築すれば出来るようにも思えますが、低軌道衛星など徐々に取り巻く環境は進化するものの、船舶特有の事情を鑑みたシステムの構築は悩みと難しさが尽きません。

このように、船上プラットフォーム・船陸通信・陸上プラットフォームの在るべき形と、船級・メーカー・船社等々のステークホルダーがwin-winとなるため、業界標準化への道筋を日々考えていくことが、自身の業務の難しさであり面白さであると感じています。