MTIジャーナル

MTI Journal.15

プロペラ設計の現状と
ブレイクスルーへの挑戦

山口 善寛


船舶物流技術グループ 主任研究員

2020年9月10日掲載

※職名は2020年8月31日時点

 

2018年9月より造船所からMTIに出向し、船舶の省エネ運航を推進するための研究に取り組んでいます。昨今、地球温暖化を背景として、国際海運においては船舶からの排出ガス規制が順次強化されるなど、省エネ技術の更なる向上が求められており、NYKグループではハードとソフトの両面から船舶の環境負荷低減に取り組んでいます。本稿では、主機から出力される回転力を船舶の推進力へと変換するための装置であるプロペラの性能向上に関する取り組みについてご紹介します。

プロペラ設計の現状

プロペラは複数枚の翼とそれを支持するハブによって構成されています。回転時にプロペラ翼の表面にはキャビテーションと呼ばれる気泡群が発生と消滅をくり返します。プロペラ1回転中にキャビテーションは1度発生し、消滅します。NYK/MTIは模型試験および実船計測にてキャビテーション観察を実施しています*1

また、プロペラ翼の面積が小さいほど、回転時に水流に接触する面積が小さく、翼が水流から受ける抵抗が減るため、主機から出力される回転力を推進力へ変換する効率が高いプロペラを開発し易くなります。しかし、翼面積を小さくすることにより、キャビテーションの発生量が増大し、翼の先端付近で消滅する際に翼に与える衝撃圧力が増加し、その結果としてエロージョン(壊食)が発生する可能性が高くなることが知られています。また、翼先端に発生したエロージョンを見ると「造形美が損なわれている。」と感じる人や「このエロージョンが進展したらプロペラ翼が折れるのではないか。」という不安を感じる人がいるため、エロージョンが発生しないようなプロペラ設計が求められています。

プロペラ翼先端に発生したエロージョンの一例*2

エロージョンを発生させないための取り組みとして、船舶の就航後にプロペラにエロージョンが発見された場合、その模型プロペラを製作し、模型プロペラを用いたキャビテーション試験にてキャビテーションの発生から消滅までの様子を観察し、エロージョンが発生する可能性が高いキャビテーションの特徴をこれまで様々な研究者がデータとして蓄積してきました。また、現在のプロペラ設計においては、CFD (Computational Fluid Dynamics) 計算の発達により、模型試験におけるキャビテーションの発生から消滅までの様子を高い精度でシミュレーションすることが可能になっており、エロージョンが発生しない高効率なプロペラを設計できるようになっています。このように、エロージョンの発生を許容しない設計条件下では、現行のプロペラの更なる高効率化が難しい状況と言えるため、新しい挑戦をする必要が出てきました。

その挑戦の一つとして、NYK/MTIは実船計測を実施しています*1。これまで、模型試験にてキャビテーションを模擬的に発生させて観察していますが、実船のプロペラに発生するキャビテーションを精度良く再現できているのかという疑問がありました。模型試験でのキャビテーションと実船でのキャビテーションとの間に差異がある可能性があり、そこに、現行のプロペラを更に高効率なものにする余地が存在する可能性があると考えられます。また、模型プロペラを用いたキャビテーション試験は専用の設備を有する試験機関にプロペラ設計者が依頼することで実施可能ですが、実船のキャビテーション観察はプロペラ設計者のみでは実施不可能であり、船社とメーカが協力して実施する必要があります。そのため、NYK/MTIは造船所および計測機器メーカと共に実船計測に取り組み、実船を対象としたCFD計算の精度を向上させ、プロペラ設計を見直して従来よりも高効率なプロペラを設計しました。今後、様々な船種を対象とした実船計測を行い、結果を蓄積し、実船スケールCFD計算の精度を向上させて、船型・省エネ付加物・プロペラの全体最適化を行い高性能な船舶を開発することを目指しています。

エロージョンの発生を許容するとどうなるのか

一方、これまでの慣習で「エロージョンの発生は好ましくないことだ」と思われていますが、エロージョンの発生を許容することでプロペラの翼面積を小さくする余地が生まれ、現行のプロペラを更に高効率なものにできる可能性が見えてきます。その可能性を探す取り組みを、自動車船を対象として、NYK/MTIはナカシマプロペラ株式会社および今治造船株式会社と共に実施しています。

はじめに、プロペラ翼先端に発生するエロージョンを許容する場合、エロージョンの進展によりプロペラ翼が折れてしまうのではないか、またはプロペラ効率が大きく下がってしまうのではないかといった懸念がありました。よって、ナカシマプロペラが有する模型スケールと実船スケールのCFD計算技術を用いて、翼面積を現行のプロペラよりも更に小さくした場合、キャビテーション発生量はどの程度増大するのか、プロペラ翼の先端にどの程度の大きさのエロージョンが発生するのか、そのエロージョンによりプロペラ効率はどの程度低下するのかをシミュレーションしました。その結果、エロージョンは大きく進展する可能性は低く、そのエロージョンによるプロペラ効率の低下は極めて小さいことが分かりました。このことにより、定期的にプロペラ先端の補修を行うことで使い続けることができる可能性が見えてきました。また、就航船が装備しているプロペラと比較すると、プロペラ効率は3~5%程度向上することが分かりました。

プロペラ翼面積の減少によるキャビテーション増大のシミュレーション例

次に、翼面積を現行のプロペラよりも更に小さくした場合、キャビテーションの発生量が増大し、キャビテーションの発生と消滅による圧力変動が増加するため、これが船体振動を発生させる一因となる懸念がありました。よって、今治造船株式会社が有する造船技術を用いて、キャビテーション発生量の増大が船体振動に与える影響を推定しました。また、翼面積を小さくすることによるプロペラ重量の減少がプロペラ軸系に与える影響を調査しました。その結果、問題となる船体振動が発生する可能性は低く、プロペラ軸系に与える影響は許容可能な程度であることが分かりました。

今後、就航済みの自動車船のプロペラをこの高効率なプロペラに換装し、先端に発生するエロージョンの大きさとプロペラ効率の向上が推定通りなのかという点を確認することを計画しています。

プロペラ効率向上のその先?

このように、「エロージョンの発生は好ましくないことだ」という慣習を見直すことで、より高効率なプロペラを装備し、燃料消費量とガス排出量を低減できる可能性が見えてきました。

一方、国際海事機関(IMO)では2008年の温室効果ガス排出量を基準として、2050年までに50%以上削減する目標を2018年に掲げました。これは現在の技術の延長線上では達成できないと思われる水準の目標であり、現在の常識を見直していく必要があり、将来的に、プロペラが別の推進器に変わっていく可能性もあると考えています。このような変化は船舶の設計・製造・運航・メンテナンスの全てに影響を及ぼすため、船社またはメーカのどちらか一方だけでは検討できず、両者のコラボレーションによって推進していく必要があります。本稿にてご紹介したように、NYKグループの技術研究開発を担うMTIの研究の多くは社外パートナーとのコラボレーションで取り組んでおり、MTIでの業務はより良い社会への一歩に大きく貢献できる可能性を秘めている点にやりがいを感じています。

ナカシマプロペラ工場見学時(右が本人)

 

*1 MTI Journal.11:「実海域におけるプロペラ作動状況の計測」 五十嵐 勲英

*2 “The Specialist Committee on Cavitation Erosion on Propellers and Appendages on High Powered/High Speed Ships Final Report and Recommendations to the 24th ITTC”, Proceedings of the 24th ITTC – Volume 2, pp.509-542, (2005)