MTIジャーナル

MTI Journal.16

ユーザーとの対話から始まる
データ分析

吉田 はるな


船舶物流技術グループ 上級研究員

2021年2月3日掲載

※職名は掲載当時

2018年10月からMTIに出向し、データ解析やソリューション開発に携わっています。MTI着任前は、日本郵船にて石炭輸送の運航や自動車輸送の予算管理・営業に従事していました。世界でも他に類を見ない、海運会社が持つ研究機関であるMTIで、日本郵船で培ったビジネスノウハウを活かし、お客様に寄り添うことを意識して、日々研究開発に邁進しています。

海運業界には、エンジンをはじめとする機器に内蔵するセンサーから取得するデータや、荷物を含めた航海に関わる種々のデータ、さらには気象海象データなど、多種多様で膨大なデータがありますが、それらを有効活用することで、安全・安定した輸送サービス提供へ貢献できると考えています。

AISデータとは

現在、私が研究開発の中で日々対峙しているのはAISデータです。海運業界を取り巻くビッグデータの中でもAISデータは、それをテーマとした学術研究も盛んで、論文も多く執筆されるなど世界的にも注目度が高まっています。
そもそもAISという言葉ですが、これはAutomatic Identification Systemの略で、日本語では船舶自動識別装置といいます。国際的な条約に基づいて、衝突予防と人命安全を目的として一定の船舶に搭載が義務付けられているシステムで、船舶の種類や位置・針路など船舶の安全に関する情報を自動的に送受信し、船舶間および船舶・陸上間でVHF電波を利用して情報を交換しています。 陸上に近づいてくる船があれば、陸上から注意喚起を促したり、陸上から船舶に気象情報を提供したりするなど、船が安全に航行するために大切な役割を果たしています。

ビッグデータとの向き合い方

AISデータだけでなくビッグデータ全体に言えることですが、情報量が膨大であるがゆえに、これらを社内的にどう蓄積するか、その基盤づくりが重要となります。またデータは完全ではありません。データの重複や異常値の除去、データ・システム連携など先を見据えてデータベースの構造を考えています。
最近はBIツール*との連携や、実務担当者からAISデータを直接分析したいという声も多く聞こえるようになりました。時々刻々と変わるユーザーの声を拾い続け、その対応を検討することも、継続したデータ活用には大切であると考えています。

データを分析するということ

データ分析を料理に例えることがよくあります。食材を買って(データを集めて)、下処理をして(データをクレンジングして)、料理をして(データ分析をして)、盛り付けをする(データを提供する)、その中でも、データを集めてクレンジングをする過程に、データ分析の8割は費やされると言われています。美味しい食事には丁寧な下処理が欠かせません。
また実際にデータを集める前にも必要なステップがあります。データ分析で何がしたいのか、その目的を明確にすることです。何に困っていて、どういう分析が求められているのか、毎回丁寧に確認することを心掛けるようにしています。多くの場合、困りごとは明確でなくもやもやとしているため、お話をお伺いしながら、目的と分析後のあるべき姿を明らかにすることを大切にしています。

AISデータ関連では、市況予測に活かし、従来とは異なる新しい分析手法で、船の調達・配船・貨物の組み合わせを改善する仕組みづくりを研究しています。市況を正確に予測することがゴールではなく、市況を予測し、その予測結果をユーザーに使ってもらうことがゴールです。市況予測を実務で活かすためには、AIの中でもニューラルネットワークに代表されるブラックボックスより、みなさんの納得感を得やすいホワイトボックスのアプローチから採用するなど、データを分析するだけでなく、活用するところまでを意識しています。

技術の使い方

データ分析に限らず技術全般として、ユーザーが利用するシーンを想定しながら研究開発に取り組んでいますが、実際に使ってもらえるものを開発することの難しさを日々感じています。
今ではMTIで研究開発に従事している私ですが、日本郵船にいた頃は、自社が保有する技術に対する理解も浅く、どこか他人事で、技術を使うというよりは技術を持っていることそれ自体に満足していました。その時、上司がよく口にしていた「現場を想像することの大切さ」を思い出し、技術開発の最前線であるMTIの門戸をたたきました。実務のノウハウを活かせる部分は多々あるものの、あるべき姿を目指す上で、実務を知っているだけにうまくリードしきれない部分もあります。
そういった時には、インタビューや実務の観察を通じて、その人が言っていることや部署の常識に捉われず、本人も気づいていない困りごとを探すために、事象を洞察して突破口を探すようにしています。私たちが開発したものは最終的には人が使うので、どういった状況でも人との対話を大切にして、相手の課題を自分事として落とし込んで、小さな失敗をたくさん積み重ねながら前に併走していきたいです。

イノベーション創出に向けて

世の中はバズワードであふれており、イノベーションもそのひとつですが、一説には既存の知と知の組み合わせと言われています。自社の既存ビジネスモデルという「知」に、他社が別事業で使っていた手法などの「別の知」を組み合わせることで、新しいビジネスモデルや商品・サービスを生み出していくこと、そのためには、様々な知の組み合わせを試すべく、「知の範囲」を広げることが求められ、世界の経営学ではこれを「Exploration(知の探索)」と呼んでいます。より高い付加価値を提供し続けるためにはイノベーションが必須であり、そのためにはまず自分が船や輸送に捉われずアンテナを高く持つこと、そして志を共有できるパートナーの協力が必要不可欠であると感じています。

MTIは、造船所や舶用機器メーカーなど海運業界を中心に様々なバックグラウンドを持つメンバーで構成されており、またオープンコラボレーションも積極的に推進されているので、知の探索がしやすく、イノベーションを起こしやすい環境です。お客様の課題に向き合い、パートナーを巻き込みながら一体となってイノベーションを創出するという経験を、その試行錯誤の過程含めて日本郵船に還元することで、NYKグループとしてより大きなイノベーションを起こし、世界をより良くするお手伝いができればと考えています。

*BIツール:Business Intelligenceツール。データのグラフによる可視化やフォーマットを整えたレポートやダッシュボードなどを作成するツール