MTIジャーナル

MTI Journal.02

航海士による航海士のための
開発ストーリー

阪上 誠


船舶技術グループ 主任研究員

2018年2月14日掲載

※職名は掲載当時

夢を持ってMTIへ

2007年に日本郵船の航海士として入社しました。これまで航海士として乗ってきた船は、タンカー、バルカー、自動車船。今より10年ほど前ですが、船といえば、まさに海の孤島。一昔前よりは格段に船と陸の通信インフラが整っているといわれましたが、乗船中は家族とのメールは乗組員共有のパソコンを使って、1日2回のみで連絡を取り合うような時代でした。プライベートなメールも、ちょうどブロードバンド通信衛星が出てきて常時やり取りできるような時代になってきましたがまだまだで、最後に乗った船は確か2011年だったと思いますが、通信制限を抑えるよう、クルー1名に通信容量200MBまで使用できるチケットを月1回配るというような運用をしていたことを今でも覚えています。
2012年からは、日本郵船の営業部門に異動になり、航海士として海上での経験を活かし、陸上での業務(自動車専用船の積載プラン作成など)をサポートしていました。 2016年1月からMTIに出向となりましたが、実は入社した当時から作りたいものがあり、それを実現するために、MTIに来たと言っても過言ではありません。

航海士が研究員?研究員が航海士??

まずMTIに来て驚いたのは、各方面に長けた専門的な技術者と一緒に研究開発できる環境が整っていることです。そういったメンバーとコラボレーションして一緒に”研究員”として仕事ができるのは、大変貴重な機会です。これは私も一つ、海上で働いていた知見を活かして、船乗りにしかできない研究開発というものをやり遂げようと、意気揚々と研究をしてきました。

航海士っぽい?操船シミュレーターを使った実験風景 (左の操舵手が本人)

航海士っぽい?操船シミュレーターを使った実験風景
(左の操舵手が本人)

船のIoT化

冒頭でも触れましたが、船の通信インフラは陸上のそれと比べると、圧倒的に劣っています。そんな事は船に乗ったことがある人なら常識ですが、一般的には知られていませんし、また同じ会社で働いている人でも知らない人はたくさんいます。
では、陸上ではどうでしょうか?データ通信速度は速くなる一方。船舶の航行データも世界中から入手でき、様々な手法で解析され、省エネ化、運航効率化のための研究が進んでいます。 MTIでも、先に紹介した各分野のエキスパートが様々なデータを活用し、各自の専門分野と紐付けて、成果を挙げています。そのとき私は思いました。そういったビッグデータと呼ばれるものを、何と紐付ければ良いのだろう?

「J-Marine NeCST」の開発

MTIでは船の機関に関するデータを入手・分析することで、安全で効率的な運航に寄与しています。一方で航海に関わるデータはどうでしょうか?気象データは世界中のデータを入手でき、安全・効率運航に寄与しているといえますが、センサーデータで取得できない情報なのですが、船ではこの情報が無いと決して航海できないといわれるデータがあります。それは”海図”に記載される情報です。 航海といって思い浮かべるのは、某有名アニメの影響もあってか”羅針盤”や”海図”ではないでしょうか。”羅針盤”は古くは・・・という説明は割愛しますが、それぞれ現代に至る過程で様々な進化を遂げてきたかと思います。”紙海図”は今も利用されていますし、また”海図の電子化”もされています。
今回は良縁にも恵まれて、”海図の電子化”の更に一歩先を行く「 J-Marine NeCST 」の開発に取り組めました。こちらは従来”紙海図”に記載されてきた様々な”航海情報” をデジタル化することで、容易にデータとしてとり貯めることができ、またそれをビッグデータと紐付けたり、情報の共有が容易になることで、運航効率化によるコストメリットだけではなく、”安全運航”にも寄与する製品となっています。

船の上では、船長・一等航海士・二等航海士・三等航海士と職位が分かれており、それぞれ船上で責任のある仕事も分かれています。私が船上で最後に経験したのは二等航海士で、その仕事は主に”海図”を扱う仕事です。 今回は日本郵船の船長による”安全・効率化”の概念が製品化されましたが、航海士が実務で使うことも考えて開発を進めており、自身の船上での経験を活かした、航海士による航海士のための製品にもなったかと思います。

様々なエキスパートが所属する組織の中で、航海士らしい開発に取り組めるのはMTIならではと思います。

気象情報を大画面ディスプレイに海図と同時に重畳表示させることでより効率的な航海計画立案を支援

気象情報を大画面ディスプレイに海図と同時に重畳表示させることで
より効率的な航海計画立案を支援

各船舶特有の情報がデジタル化され、 船舶間・船陸間で容易に共有と集積が可能

各船舶特有の情報がデジタル化され、
船舶間・船陸間で容易に共有と集積が可能

デジタライゼーションだけではない!!

世の中の風潮はデジタル化、データ化の傾向かと思います。ですが先に述べましたが、そういったデジタル化が追いつかないところも、まだまだ船の現場では残っています。
MTIではそうした現場環境に即した実験もやっており、右の写真はMTIが保有する振動台実験場で、振り子式摩擦計測器を使って、床の摩擦力を測っているものです。以前所属していた営業部署と一緒に取り組んだものですが、このようなアナログな計測方法で取得した数値をデータ化して役立てたり、デジタル化できなくても現場の改善に役立てるといった研究も行っています。

アナログな計測@振動台実験

アナログな計測@振動台実験

終わらない研究開発・・・

MTIには、現場を知る人、各分野(造船・航海計器・データ分析)のエキスパートがおり、実験設備も保有しています。また、親会社の日本郵船は現場の実験フィールド(大型船・港湾など)を保有しています。そのような環境下、自由な発想を持って研究開発することができます。
とはいっても、自分のやりたいことが必ずしも実現できるかというと、そこは現実的に技術や時間、コストなどの観点から難しい場合もあります。
そういう意味でも冒頭で述べた”私の作りたいもの”はまだまだできていないですし、これから先、本当に作れるのかな?という不安もあります。
しかし、日本郵船グループに所属している身としては、やはり時代に即した研究を、その少し先の時代も見据えて開発していくMTIをより盛り上げていきたいと思います。